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第7話 帳簿が語ること

倉庫の帳簿を本格的に調べ始めたのは、屋敷に来て二週間目からだった。


ドーネが提出した帳簿は、表面上は整っていた。

数字の辻褄が合っていて、記載が丁寧で、一見するとちゃんとした管理台帳に見える。


だが、セリーヌは帳簿の読み方を知っていた。


王都の義母の屋敷で三年間、同じことをやっていたからだ。

数字を操作する人間のやり方には、パターンがある。


まず、端数の処理が不自然だった。

買い付けの金額が、きれいな数字に丸められすぎている。

実際の取引では端数が出るものなのに、ドーネの帳簿では全部が区切りのいい数字だった。


次に、同じ業者への支払いが時期によって大きく変動していた。

冬前と夏とで同じ量の薪を購入しているのに、価格が二割も違う。

季節による価格差があるとしても、その幅は大きすぎる。


最後に、一部の購入記録に対応する受領書がなかった。


「……やっぱり」


セリーヌは帳簿を閉じた。


金額にして、年間で銀貨三百枚以上。

三年分なら、それ以上。

兵舎の食事の質が悪いのも、寝具にカビが生えているのも、薪が足りないのも、全部つながっていた。


「何か分かりましたか」


声がして振り返ると、ルカスが執務室の入り口に立っていた。


「……どこまで話していましたか」


「何も。今来た」


「では、最初から話します」


セリーヌはルカスに報告した。

数字を一つひとつ示しながら、淡々と。


ルカスは黙って聞いていた。

途中で一度、帳簿を手に取って自分で確認した。


「……証拠として使えるか」


「まだ状況証拠の段階です。決定的なものがもう一つ欲しい」


「どこにあると思う」


「業者の側の記録です。ドーネが発注した金額と、業者が実際に受け取った金額に差があれば確定します。業者と直接話ができれば」


ルカスは少しの間、帳簿を見ていた。


「分かった。業者への接触は私が手配する。お前は引き続き屋敷側の記録を押さえてくれ」


「はい」


「一つ聞くが」


「何でしょう」


「三年間、こういう帳簿の読み方を、どこで覚えた」


セリーヌは少し間を置いた。


「実家でも帳簿は見ていました。父が病がちでしたので、家の収支を確認する習慣が早くからありました。ただ、数字の操作のパターンを覚えたのは義母様の屋敷でです。最初は家令に任せていましたが、数字が合わないことに気づいて、自分で確認するようにしました。そのうち、どこを見れば不正が分かるか、分かるようになりました」


「……」


「義母様の屋敷の家令は、ドーネ氏ほど露骨ではありませんでしたが、似たようなことをしていました。私が気づいてからは止まりましたが、どちらも私に報告はしませんでした」


ルカスは窓の外を見た。


「それを今まで黙っていたのか」


「報告先がいませんでしたので」


夫は三年間、ほとんどいなかった。

義母に言えば隠蔽される。

誰に言えばいいのか、分からなかった。


ルカスは何も言わなかった。

でも、その沈黙は以前と少し違う質のものだった気がした。


「引き続き、お願いします」


「はい」


セリーヌは帳簿を抱えて執務室を出た。


廊下を歩きながら、少しだけ思った。


報告できる相手がいる、というのは、悪くない。


そして、すぐに打ち消した。


雪解けには離縁する。

それは変わらない。

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