第6話 ラヴィと、動揺する男
ラヴィが懐いてきたのは、じわじわとだった。
最初は遠くから見ているだけだった。
セリーヌが倉庫を確認していると柱の陰から、厨房にいると廊下の端から、帳簿をつけていると扉の隙間から。
セリーヌは気づいていたが、追いかけなかった。
子どもは自分から来るときに来る。
五日目に、ラヴィが倉庫の入り口で待っていた。
「あの……手伝えますか」
「何を?」
「お仕事、です。わたしにもできることがあれば」
「じゃあ、数を数えるのを手伝って。これを声に出しながら数えてみてくれる?」
「できます」
ラヴィは真剣な顔で野菜の数を数えた。
途中で間違えたが、セリーヌは笑わなかった。
「もう一回やってみて」
「……十二、でした」
「合ってる。ありがとう」
ラヴィがぱっと顔を輝かせた。
それからは毎日来た。
数を数え、荷物を運び、時々邪魔になったが、セリーヌは追い払わなかった。
十日目には、ラヴィがセリーヌの服の端をつかんで歩くようになっていた。
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ある昼過ぎ、屋敷の中庭でセリーヌが薪の状態を確認していると、ラヴィが転んだ。
石畳の端に足をとられた。
膝を打ったらしく、泣き声が出た。
セリーヌがすぐに近づいて膝をつき、傷を確認した。
ひどくない。少し赤くなっているだけだ。
「見せて。大丈夫、かすり傷よ」
「……いたい」
「そうね。痛いね」
セリーヌはハンカチで膝を拭いた。
ラヴィが泣きながらセリーヌの首に抱きついてきた。
小さくて軽かった。
子どもを抱いたのは、いつ以来だろう。
「よしよし」
セリーヌはラヴィの背中をさすった。
廊下の向こうに人の気配がした。
ルカスだった。
何かの用で中庭に来たらしく、二人を見て立ち止まった。
「怪我は」
「かすり傷です。大丈夫」
「そうか」
彼はそう言ったが、動かなかった。
ラヴィの背中を見ていた。
ラヴィが泣き止んで、顔を上げた。
「おじ様」
「ああ」
「セリーヌ様が、よしよしってしてくれた」
「……そうか」
ルカスの表情が、微妙に揺れた。
セリーヌが見ているとは思っていなかったのか、一瞬だけ緩んで、すぐに元に戻った。
「お前も、もっと気をつけて歩け」
「はーい」
彼はそのまま立ち去った。
が、角を曲がりかけてから、振り返った。
「セリーヌ」
「はい」
「ラヴィの世話を、ありがとう」
それだけ言って、消えた。
ラヴィがセリーヌを見上げた。
「おじ様、めずらしいね。ありがとうって言った」
「そうなの?」
「ふだんは言わないの。がんばれ、か、しっかりしろ、しか言わない」
「そういう人なのね」
「でも本当はやさしいの。ラヴィ、知ってる」
子どもは、時々大人より正確に人を見る。
セリーヌはラヴィを立たせて、膝の埃を払ってやった。
「続きをやろうか」
「うん。もう泣かない」
「転んでも泣いていいのよ」
「そう?」
「そう。痛いんだから」
ラヴィはしばらく考えてから、うなずいた。
「じゃあ、もうちょっとだけ泣く」
「どうぞ」
小さな泣き声が、冬の中庭に響いた。 それからすぐに止んで、ラヴィがセリーヌの手を握った。
その夜、ラヴィが咳をした。
夕食の席でもコンコンと小さく咳き込んでいたが、食事が終わる頃には少し顔が赤くなっていた。セリーヌが手を額に当てると、熱があった。高くはない。だが、放置していい熱でもなかった。
コーラに聞くと、ラヴィは冬になると毎年こうなるのだと言った。
「気管がお弱くて。冷えると咳が出て、そのまま熱になることが。去年もおととしも」
「薬は」
「先代の奥様が——ラヴィ様のお母上が——常備されていたのですが、在庫が切れまして。補充の手続きをする方がいなくなってしまって」
「処方箋は残っていませんか」
「……少々お待ちを」
コーラがしばらくして戻ってきたとき、手に古びた紙を持っていた。「薬棚の奥に。先代の奥様のお字で」
セリーヌはそれを受け取り、内容を確認した。
「明日、街の薬師に確認します」
その夜、セリーヌはラヴィの部屋に行き、布を水で冷やして額に当て、毛布を増やして、念のため夜中に一度様子を見に来た。翌朝には熱は引いていた。
薬師に問い合わせると、ラヴィが以前使っていた薬はすぐに用意できるとわかった。気管の炎症を抑える薬で、冬の間は定期的に飲むことで悪化を防げるという。
セリーヌは二ヶ月分を取り寄せ、服薬のメモを台所の棚に貼った。
ラヴィ本人は翌日にはけろりとして、「もうへいき」と言って倉庫についてきた。




