第4話 最初の成果と、一喝
翌朝から、セリーヌは動いた。
まず薪の緊急発注。
近隣の業者に直接出向き、価格と量と配達日を確認した。
ドーネが持ってきた見積もり書は価格が市場より三割高く、セリーヌはそれを指摘してやり直させた。
業者は最初、ドーネを通さずに注文を受けることを渋った。
「注文は私が受け持ちます。支払いは辺境伯家の口座から直接です。問題がありますか」
業者は問題ないと言った。
次に寝具。
使えないものを倉庫から出し、洗えるものは洗い、修繕できるものは直す。
完全に使えないものは処分して、購入が必要な分のリストを作った。
「奥様、これ、女中だけでは手が足りません」
テレーズが困り顔で言った。
「兵舎の若い兵士に手伝ってもらえるか、旦那様に確認します」
ルカスに話すと、一言で承諾が出た。
「好きにしろ」だったが、承諾は承諾だ。
昼過ぎには若い兵士三人が洗濯場に並んでいた。
最初は戸惑っていたが、セリーヌが指示を出すと素直に動いた。
数が動けば仕事は早い。
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夕方に問題が起きた。
屋敷の侍女の一人、イレーヌという二十歳くらいの娘が、セリーヌの指示に口を挟んだ。
「でも、これまでのやり方と違います。ドーネ様は別の順番でとおっしゃっていましたし」
「ドーネ様の指示より先に、私の指示があります」
「……しかし、奥様はいらっしゃらなかったので、わたしたちはドーネ様に従ってきたんです。それに、あなた様は離縁されるのでしょう? そうしたらまたドーネ様に戻るのに、なんで今さら」
正論ではある。
セリーヌもそれは分かっていた。
答えようとした。
その前に、別の声が廊下から入ってきた。
「イレーヌ」
ルカスだった。
廊下の角からいつからか来ていた。
どこまで聞いていたのかは分からない。
「は、はい」
「今後、セリーヌの指示に従わない者は私が直接処分する。それでいいか」
一言だった。
ただそれだけ。
イレーヌは真っ青になって「申し訳ありません」と頭を下げた。
セリーヌはルカスを見た。
彼は特に何も言わず、廊下の奥へ歩いていった。
助けてもらった、ということか。
礼を言う機会を逃したが、また後で言えばいいと思った。
「続けましょう」
セリーヌは使用人たちに向き直った。
誰も文句を言わなかった。
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その夜、ラヴィの部屋に新しい寝具を届けた。
「あたたかい……」
ラヴィが布団に包まって、目を丸くした。
「ふわふわです」
「毛織りのものよ。冬はこれが一番いい」
「いつもの、ごわごわしてました」
「そうね。もっと早く来ればよかった」
ラヴィは首を振った。
「セリーヌ様、わるくないです。ドーネが、ちゃんとしてないんです」
六歳の子どもが、きちんとそれを分かっていた。
セリーヌはラヴィの頭に手を置いた。
小さな頭だった。
「今夜は暖かく眠れるわよ」
「うん」
ラヴィは目を閉じた。
少しして、寝息が聞こえてきた。
セリーヌは蝋燭を持って部屋を出た。
廊下に出ると、ルカスが壁に背を当てて立っていた。
「ラヴィが眠れないことが多くて」
彼は言った。
セリーヌの顔を見ずに、廊下の端を見ながら。
「寒くて、か?」
「おそらく。ですが今夜は大丈夫です」
ルカスはしばらく黙った。
何かを言おうとして、言わなかった。
「……礼を言う」
「仕事ですから」
「そうじゃない」
短く、彼は言った。
「兵にも言った。あいつらの食事も、今日の晩は明らかに良かった。全部、お前がやった」
「まだ始まりです。本格的な冬支度はこれからです」
「分かっている」
また沈黙が来た。
ルカスが廊下を歩き始めた。
すれ違いざまに、低い声で言った。
「……頼む」
一言だけ。
背中が遠ざかって、角を曲がった。
セリーヌは蝋燭の火が揺れるのを見ていた。
頼む、か。
三年間、誰にも言ってもらえなかった言葉だった。
義母には当然と思われ、使用人には透明人間扱いされ、夫には放置されてきた。
だからといって、心が動くわけではない。
雪解けには離縁する。それは変わらない。
変わらないはずだった。
セリーヌは廊下を歩き始めた。
蝋燭の火が、石の壁を温かく照らした。




