表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第2話 冬を越せない屋敷

辺境まで馬車で五日かかった。


王都を出るころには肌寒かった空気が、ラングレー領に近づくにつれて冷え込みに変わり、最終日の朝には吐く息が白くなった。


十月の辺境は、もう冬の入り口だ。


石造りの屋敷が見えたのは、昼を過ぎた頃だった。

外観は悪くなかった。

軍事的な機能を重視した無骨な造りだが、それはこの地域の様式だ。


だが馬車を降りて、最初の五歩でセリーヌは状況を把握した。


玄関前の石畳に落ち葉が積もっている。

掃除が追いついていない。


出迎えた使用人は三人だけ。

全員、動作がどこか覇気に欠けた。


荷物を運ぶ男性使用人の上着が薄い。

この気温で、その服は寒いはずだ。


「セリーヌ様でいらっしゃいますか」


中年の男が一礼した。


「左様です。家令の方ですか」


「はい、ドーネと申します。辺境伯様は本日、国境の詰所におられます。明日には戻られると」


「承知しました。では屋敷の状況を確認させてください」


「……確認、でございますか」


「妻として初めて参りました。当然のことです」


ドーネは笑みを貼り付けたまま、何かを考えるように目を動かした。


その一瞬がセリーヌには十分だった。


この男は、見られたくないものがある。


そして義母が辺境行きを勧めた理由が、少しだけ見えた気がした。

この男と義母は、繋がっているのかもしれない。


---


屋敷の内部は、外観より状態が悪かった。


暖炉に火は入っているが、薪の量が少ない。

廊下が寒い。石の壁から冷気が染み出てくるような感覚があった。


「薪の備蓄は」


「まだ十分に……」


「倉庫を見せてください」


「それはまだ整理が」


「倉庫を見せてください」


同じ言葉を、同じ声量で繰り返した。


ドーネが黙った。


廊下の奥から、小さな足音がした。


振り返ると、六歳くらいの女の子が柱の陰から覗いていた。

茶色の髪に大きな瞳。頬が赤い。

発熱ではなく、寒さで血が集まっているのだとすぐに分かった。


「こんにちは」


セリーヌが膝をついて目線を合わせると、女の子はびくりとした。


「ラヴィといいます……」


「私はセリーヌよ。ラヴィちゃんは辺境伯様のご親族かしら」


「……おじ様のめいです。おとうさまとおかあさまは、いません」


夫の亡き兄の娘だと、義母から聞いたことがある。

兄は辺境伯位を継ぐ前に病没したため、ルカスが跡を継いだ。ラヴィはその忘れ形見だ。



「寒い?」


「……すこし」


「じゃあ、あとで一緒に温かいものを飲みましょう。倉庫を見てきてからね」


ラヴィが小さくうなずいた。


---


倉庫の状態は、予想より悪かった。


薪は残り三分の一以下。冬前に補充する様子もない。

保存食は数は揃っているが管理が悪く、いくつかはすでに傷んでいた。

寝具の倉庫を開けると、カビの臭いがした。


セリーヌは棚を一通り確認しながら、頭の中で計算した。


薪。保存食。寝具。人手。

帳簿を見れば、お金の流れも分かる。


この屋敷は、このまま冬を迎えたら危ない。

大人の使用人はともかく、体の細い子どもが越冬できるかどうか。


「帳簿を見せてください。今年分、できれば去年分も」


「それは辺境伯様のご許可が」


「私は辺境伯夫人です。家の帳簿を確認する権限があります」


ドーネの顔から笑みが消えた。


「……ご用意いたします」


立ち去る背中を見ながら、セリーヌは倉庫の棚に手を当てた。


冷たかった。

石の冷たさが指先から入ってくる。


王都の帳簿に不自然な送金があった。

この屋敷には物資が足りない。

家令は見られたくないものを持っている。

そして義母は、セリーヌをここへ送ることを計算のうちに入れていた。


点と点は、まだ線になっていない。

でも、線の形はおぼろげに見えてきた。


やっぱり、見届けないわけにはいかない。


離縁のために来た。

けれど離縁の前に、この家には冬越しが必要だった。

そしてセリーヌ自身にも、確かめなければならないことができた。


廊下の向こうで、ラヴィが柱の陰からこちらを見ていた。

セリーヌと目が合うと、また隠れた。


セリーヌは小さく息を吐いた。

白い息が、倉庫の暗い空気に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ