資料4:医務係ベルナールの『診療日誌および覚書』(抜粋)
【資料ID:D-07】
原題: Liber De Egritudinibus(疾病の書)
執筆者: 医務係ベルナール
対象日: 1348年12月8日
形状: 豚革表紙の手帳。薬草の汁や血痕による汚れが目立つ。筆跡は乱れており、一部は震えている。
[患者名] ジャック修道士(享年68歳)
[発症時刻] 晩課の直後、食堂にて。
[経過記録] 夕食のスープを口にして数刻後、ジャック修道士が突如として喉を掻きむしり、激しい嘔吐をもよおした。 当初は異物が喉に詰まったものと判断し、背中を叩くなどの処置を行ったが、改善せず。 次第に呼吸が荒くなり、全身の痙攣が始まる。 特筆すべきは、彼の表情が苦痛に歪み、眼球が飛び出さんばかりに見開かれていたことである。 意識は混濁し、口からは白泡を吹いていた。 祈りを捧げる間もなく、発症からわずか半刻で心停止を確認。
[所見] 遺体の検分を行う。 皮膚、特に唇と指先に顕著な青紫色への変色が見られる。 気道は確保されていたため、窒息死ではない。 口腔内から、「苦き桃の核」のような、甘く刺激的な異臭を感じ取る。
これは通常の食あたりではない。 キノコの毒か、あるいは……[ここから先はインクで塗りつぶされている]
[最終診断] 老衰による突発性の心臓発作(Impetum Cordis)。 神の召命により、苦しみなく安らかに逝去したと認定する。
【余白への走り書き】 [ラテン語ではなく、崩れた俗語で書かれている]
嘘だ。 あれは「安らかな死」などではない。地獄の苦しみだった。 私が検分を続けようとした時、院長が部屋に入ってきてこう言った。「死者を冒涜するな。直ちに埋葬の準備をせよ」と。 院長はなぜあんなに急いでいた? なぜ、ジャックが食べ残したスープの皿を、院長自らが下げたのだ?
あの臭い。私は薬草園でそれを知っている。 桜桃の葉を煮詰めた水、あるいは杏の種の中身。 あれは「毒」だ。 誰かがジャックの椀に毒を入れた。 だが、厨房から食堂へスープを運んだのは、当番のトマだ。あんな子供にそんなことができるのか? それとも、トマが運ぶ前に、鍋そのものに何かが入れられていたのか?
わからない。私の頭がおかしくなりそうだ。 ただ一つ確かなことは、ジャックは殺されたということだ。
【編纂者注】
注1: 「苦き桃の核のような臭い」という記述は、青酸配糖体を含む植物(アンズの種、ウワミズザクラなど)による中毒症状の典型的特徴、いわゆる「アーモンド臭」と一致する。
注2: 青酸化合物による死は、細胞が酸素を取り込めなくなることによる「内窒息」である。被害者は意識があるまま呼吸ができなくなり、激しい痙攣の中で死に至る。院長の言う「安らかな死」とは正反対の状況であったことがわかる。
注3: 医務係ベルナールは、ここで初めて「トマ」への疑念を抱いているが、同時に「鍋全体への混入」の可能性も示唆している。しかし、死んだのはジャック一人だけだった。これは特定の皿を狙った犯行であることを意味する。




