資料11:医務係ベルナールの『遺書』
【資料ID:D-13】
執筆者: 医務係ベルナール
推定執筆時期: 1349年1月4日 深夜
形状: 薬袋の裏紙。インクではなく、木炭と、一部は自らの指を噛み切った血で書かれている。
[遺言]
私の体はもう動かない。 先刻、院長から差し入れられた温かいワインを飲んだ。 一口含んだ瞬間、あの「苦い桃」の香りが鼻を抜けた。 すぐに吐き出したが、遅かったようだ。指先の感覚がなくなり、視界が白く霞んでいく。ジャックと同じだ。 私は殺される。
だが、死ぬ前に記しておかねばならない。 私は見た。 昨夜、院長がミサの準備で席を外している隙に、盗んだ鍵で「開かずの扉」——地下宝物庫のさらに奥にある、古い貯蔵庫へ入った。
そこには、金銀財宝などなかった。 悪魔の祭壇もなかった。 あったのは、「檻」だ。
家畜用の柵ではない。人間を閉じ込めるための頑丈な鉄格子だ。 その中に、子供がいた。 一人ではない。二人、いや、暗くてよく見えなかったが、奥にもう一人いたかもしれない。 やせ細り、泥と汚物にまみれていたが、彼らは確かに生きていた。 私が「大丈夫か」と声をかけると、彼らは怯えて奥へ引っ込んだ。その目つきは、人間に飼われたことのない野獣のそれだった。
院長が隠していたのは、これだ。 彼は神に仕えているのではない。 彼は「商品」を管理しているのだ。 孤児をさらっているのか、あるいは貧しい村から買い叩いているのか。 雪解けと共に、この峠を越えてイタリアの商人へ売り飛ばすつもりなのだろう。我々修道士は、その「倉庫番」をさせられていたに過ぎない。
……待て。 思い出した。 あの檻の中にいた子供の一人。 あの子は、どこかで見たことがある。 そうだ、あれは……トマの弟ではないか? いや、顔が似すぎている。双子か?
足音がする。 誰かが来る。院長か? いや、足音が軽い。 子供の足音だ。
トマ、お前なのか? お前は、あそこに閉じ込められているのが誰か知っているのか? それとも、お前が……
(記述はここで途切れ、紙面には大量の吐血痕が広がっている)
【編纂者注】
注1: 死因の確定。 医務係ベルナールは、ジャック修道士と同様の青酸系毒物によって殺害された。彼が恐れていた「次は私の番」という予言は、最悪の形で的中した。
注2: 「檻」と「子供」の発見。 これが修道院の闇の正体である。オカルト的な儀式ではなく、「人身売買」という極めて現実的かつ卑劣な犯罪が行われていた。院長が会計係に命じて購入させていた「鎖」や「大量の食料」は、この子供たちを拘束し、生かしておくためのものだった。
注3: トマへの疑念。 ベルナールは檻の中の子供とトマの酷似性に気づいた。
仮説A: トマは、売られる予定の弟(または兄弟)を救うために修道院に潜入していた?
仮説B: トマ自身が、この売買組織の一員であり、檻の中の子供は「在庫」に過ぎない? トマが資料3の手紙で書いていた「母上へ」という言葉が、実在の母親への思慕なのか、それとも組織の元締めへの暗号なのか、再考する必要がある。




