サン・ピエール修道院跡地より発見された未分類文書について
本書は、1348年の冬に全滅したフランス南東部・アルプス山脈中腹の「サン・ピエール修道院」に関する、新たな一次資料の翻訳・構成案である。
長きにわたり、同修道院の悲劇は「黒死病の爆発的な感染」によるものとして歴史に記録されてきた。当時の教会記録によれば、外部との道を雪に閉ざされた数ヶ月の間に、在籍していた23名の修道士全員が病死したとされている。それは神の試練であり、不可抗力の災厄であったと。
しかし、2023年に行われた修道院跡地の補強工事の際、地下納骨堂の壁の中から発見された一つの木箱が、その定説を根底から覆すこととなった。
腐食を防ぐために鉛で内張りが施されたその箱には、羊皮紙の束、破り取られた帳簿の切れ端、そして何かを狂ったように書き付けた布片が、無秩序に詰め込まれていたのである。
炭素年代測定と筆跡鑑定の結果、これらは全滅した1348年の冬、修道院内部で記されたものであることが確定した。だが、そこに記されていたのは、病魔への畏怖や神への祈りではない。
飢餓、猜疑、毒、そして「人間による狩り」の記録であった。
本書の構成にあたり、私は発見された資料を可能な限り時系列順に再配置した。インクの滲みや欠損により判読不能な箇所は[判読不能]あるいは[欠損]と記し、歴史的背景の補足が必要な箇所には【編纂者注】を加えている。
読者諸賢に予めお伝えしておかねばならないことがある。 この資料群には、著しい矛盾が含まれている。
院長が記す「公式な記録」と、名もなき修道士たちが物陰で記した「私的な記録」は、まるで別の世界のように食い違っているのだ。誰かが嘘をつき、誰かが事実を隠蔽し、そして誰かが、歴史の闇に葬られるはずだった真実を必死に残そうとした痕跡が見て取れる。
特に、資料番号13から20にかけての記述——生存者が数名となった終盤の記録——は、正気と狂気の境界が極めて曖昧である。
最後のページをめくる時、700年前に雪の聖域で起きた「本当のこと」を目撃するのは、あなた自身である。




