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お茶を飲むこと三十分。そろそろ起こしに行くかとヤスが重い腰を上げた。
「放っておくとずっと寝ちまうかもしれないからな」
「たのんだわよ、ヤス」
ヤスが姿を消した頃、宿屋の雰囲気が変わった。獣族独特の匂いがする。
どうやらイノシシ属の人化が泊まっていたらしい。
大股で階段を降りてくる彼らを見ないようにしながら、ワッシャンがため息をついた。
「人化って疲れるから嫌なんだよな」
そのぽつりとつぶやいた言葉が彼を不快にさせた。
「おぅ、イヌワシの兄ちゃん。今俺の悪口言ってくれただろう?」
「いんや。俺は自分のことを言ったまでですが?」
ちなみにワッシャンは、宿に泊まるために部屋以外ではずっと人化しているのだ。
イノシシ族の男は、鼻息を荒くしてワッシャンに突っかかる。
「い〜や、やっぱり俺の悪口を言った。勝負すっかぁ?」
「お断りだね」
「なんだと、ごるぁ〜!?」
意味もなく突っかかるイノシシ男は、ワッシャンの胸ぐらをつかんだ。
「男なら腕っぷしで勝負しようじゃねぇかよ、ああ〜ん?!」
「まったく朝から血の気が多いな。俺はちょっとばかしナーバスになってんだ。手加減できないぜ?」
そうだった。ワッシャンは潜ることはできても、泳ぐことはできないんだ。あたしも海に潜れるか不安だけど、ワッシャンはもっと不安だったんだということに気がつく。
「そのくらいにしておけよ、ボアー」
耳に心地良い低音の声にひかれてそっちを見ると、オオカミ族の人化した男がヤスと連れ立ってこっちに向かってきた。
「その人たちは、俺の客だ。余計ないざこざをこさえてないで、さっさと船の準備をしておけ」
「でも、船長!」
「でももクソもない」
グルーはボアーのイノシシ耳を両手で引っ張って気持ちを落ち着かせた。
「いてててててて。わかりましたからぁ」
ようやく大人しくなったけど、ボアーはまだワッシャンを睨みつけている。
「くっそぉ。船長がいなかったらあの世行きだったんだぜ」
なんて捨て台詞を吐いて外へ出て行ってしまった。
まさかと思うけど、船員なんだろうな。
「いや、うちの若ぇのがすまない。俺はグルー。人間とオオカミ族のハーフだ。よって人は襲わないし、至って普通の船長だ」
あら、人間とオオカミ族のハーフだなんてめずらしい。でもグルーって、声だけじゃなくて、顔もいけてるしかっこいいし。モテるんだろうな。
グルーを見た後にビリーを見ると、悲しいくらいに塩顔なんだよな。
つづく




