裏切り者の娘
【裏切り者の娘】
~とある領の民の会合~
「また、税金が上がるらしいぞ」
「またか!もう既に5割を越えてるぞ!」
「おい、聞いたか?やつら娘の誕生日とかで一週間お祝いするらしいぞ」
「そんな事に・・・そんな事に俺達の税金が使われるのか!」
会合は民の不満でいつも満ち溢れていた。
この領地にきた新しい領主はクズであった。領主の娘はまだ幼い。その幼い娘に宝石やらドレスやらと様々な物を買い与え、そのお金を領民からの税金で賄っていた。
娘が成長する毎に税金も増え、民の生活を苦しめている。
領民には希望がない。娘が成長すればするほど税金が引き上げられる。既に将来を悲観して自殺する者もいる。
領地を捨て逃げ出そうとしても領地の境には関所が設けられ、直ぐに捕まってしまう。
領民は少しずつ自身が滅びるのを待つしかなかった。
「私が国王陛下に直訴してこよう」
声をあげたのはこの町で雑貨などの売買を営む商人であった。
「私なら職業柄、関所を抜ける事が出来る。国王陛下に書状を届けられれば、この苦しみから抜けられるはず」
「だが・・・」
「私はいつ戻れるか解らん。私が戻るまで娘のアクラを頼む」
「・・・解った。その代わり必ず戻ってこいよ」
「ああ。アクラを一人にしないさ」
~ 王都アミストテレス ~
今日は年に一度、国王陛下のご尊顔を拝める日。国王陛下を乗せた馬車は王都を一周していた。
「国王陛下様!私達の、私達の領地をお救い下さい!」
国王陛下を乗せた馬車の前に一人の男が飛び出してきた。男は衛兵達に囲まれながら書状を手に持ち、一生懸命訴えかけている。
先程までお祭り騒ぎだった王都の民は何事かとざわつき始める。
国王陛下が一人の衛兵に指示をすると、その衛兵は男の手から書状を受け取る。その受け取った書状を国王陛下に手渡した。国王陛下が書状を読み始めると、徐々に国王陛下の顔色が変わってきた。
書状を全て読み終えた国王陛下は大声で指示を出す。
漸く悪政を働いていた領主は処分された。代わりにきた領主はまともであったため引き上げられた税金は元に戻され領民に平和がもたらされた。
一人を覗いて。
民が喜ぶ中、男の娘だけは喜べないでいた。
平和が訪れても父親が戻って来ないからだ。
なぜ戻らないのだろうかと考えていたところ、ある日答えが解った。
新しい領主は領地の広場で罪人の処刑を行う事となった。衛兵に連れて来られた罪人は父親であった。
「この者は『領主への裏切り』と言う罪を犯し、本日処刑をする事を国王陛下より命じられた。領主への裏切りは最も重たい罪である。よって、国王陛下の命に従い処刑を実行するものとする。裏切り者には死を!」
娘には何が何だか解らなかった。
悪は領主だったはず。国王陛下もそれを認めて前の領主を処分した。なのに、それを知らせた父親がなぜ罪人にならなければならないのか?
そして、父に助けられた人達も「裏切り者には死を!」と連呼している。
娘は何が何だか解らないまま、処刑台に乗せられた父親の事を見つめている。父親も娘に気付き心配を掛けないよう娘に笑みを見せるが、娘に取って意味のない笑みであった。
父親の首に縄が掛けられ処刑が執行された。
吊るされ動かなくなった父親に皆が歓喜の声を上げる。
父親の遺体は見せしめとして暫く吊るされたまま放置されていた。
動かなくなった父親。
所々、鳥に喰われている父親。
「裏切り者!」と領民に石をぶつけられている父親。
腐敗した死体に蛆が集っている父親。
領主から死体の片付けの許可が出るが、誰もが片付けるのを嫌がる。
最終的には父親と思われる死体は埋葬するのが手間だと言うことで領民によって燃やされていた。
そして、娘は『裏切り者の娘』と呼ばれるようになった。
【裏切り者には死を!】
娘の名前はアクラ。
アクラは嫌われている。
「貴様が裏切り者の娘か! 貴様の父親は領主を裏切った罪人だ! 罪人の娘も罪人だと思え! 私は民には手を差し伸べるが罪人には差し伸べるものなど何もない! 貴様も罪を犯せば直ぐに処刑してやるから覚悟しておく事だ『裏切り者の娘』!」
アクラの前に訪れた新しき領主はアクラに『裏切り者の娘』と名付けた。この日よりアクラは父が名付けた名は捨てられ『裏切り者の娘』と、呼ばれるようになる。
裏切り者の娘は新しくきた領主からも嫌われた。
「この厄介者の娘が、お前がいるから上手くいかないんだよ!お前の父親が余計な事をしてくれたから俺らも変な目で見られてしまう。この疫病神親子が!」
父親の親族は娘を見ると殴り掛かってくる。恐らくギャンブルにぼろ負けしたのだろう。
父親の店はこの親族によって売り飛ばされ、残された財産も使い込まれてしまい、父親から残された者は何もなくなってしまった。
今日は腹の虫が収まらなかったのか、いつもより長く殴られた。
裏切り者の娘は親戚からも嫌われた。
「おい、裏切り者の娘!あっちいけ!」
今まで一緒に遊んでいた友達が娘に石を投げてくる。
中には父によく遊んでもらっていた者の顔もある。彼らが投げた石は容赦なく娘の体にぶつかる。
娘は額から血を流しながらその場を後にする。
裏切り者の娘は友達からも嫌われた。
「なんだ?裏切り者の娘にやるもんなんか何もない!あっちいけ!」
「いいか、余計な事を言うなよ。お前の父親は勝手に一人で領主を裏切ったんだ。俺達は関係ない。巻き込むなよ!」
父親に助けられた者達は助けられた事を忘れ娘を迫害し続ける。あの会合に集まっていた者も何もなかったかのように娘を迫害している。
裏切り者の娘は父が助けた領民からも嫌われた。
父は領民を助けるため立ち上がった。
だが、父は間違ってた。
父は娘を大事に思っていた。
その父はその大事なものを助けられなかったからだ。
父は私を助ける事を忘れた。
父は領主を裏切ったのではない私を裏切ったのだ。
この領地には裏切り者が多くいる。
私に日々、石を投げる元友達達。
それを咎めようとせず見ているだけの親達。
私をストレス発散と言うだけで殴り続ける父の親戚達。
私の回りには裏切り者しかいない。
私の世界には裏切り者しかいない。
娘は父が処刑された時の事を思い出す。
『裏切り者には死を!』
そうか、裏切り者には死を与えないといけないのか・・・
娘の心の中に住み着く闇が少しずつ大きくなっていった。
【裏切り者達は再び集う】
月日が流れ領主が替わる事となった。今までの領主は王都の役に着く事になった。いわゆる出世である。
領主は父を処刑したことで出世したのだ。
新しい領主が来た。
新しい領主は金と女に汚い領主であった。
税金は引き上げられ、領主が気に入った女性は誰かの妻とか若すぎるとか関係なく連れ去られる。
そして飽きたらボロボロな状態で追い出される。
領主による悪政が再び訪れた。
いや、前の領主は金にしか興味がなかったので、前の領主より酷い状態となってしまった。
街には憲兵が彷徨くようになった。
憲兵は領民に賄賂を求め払わない者には、態と賊に襲わせていた。
憲兵による賄賂の請求や横柄な態度は酷くなる一方であった。
ある日の夜、領民を代表する者達の会合が開かれていた。
この頃の裏切り者の娘は親族からも家を追い出され、雨風を凌ぐため会合が行われている小屋に忍び込んで寝泊まりしていた。その為、裏切り者の娘は会合を盗み聞く事ができた。
「どうする?」
「いや、どうするって何がだ?」
「誰かが国に陳情しないと我々は飢え死ぬ。誰が行く?」
「俺には幼い子がいる。あいつを残して行くわけにはいかん」
「じゃーどうする?」
この日の会合はこのやり取りの繰返しであった。
彼らが答えを出せる訳がない。誰もが娘の父親の事を忘れていなかったからだ。
この中で陳情書を届ける勇気がある者などいるはずがない。父を裏切った者達にそのような覚悟を持てる者がいるはずがないのだ。
堂々巡りの会話が続いた時、一人の男が私の事を語り出す。彼は父の友人と偽っていた男だ。
「あの裏切り者の娘に行かせれば良いのではないか?あの娘ならいなくなっても悲しむものなどいないのでは?」
集まった領民の代表達は「確かに」と互い互いに目配せをして納得し始めた。彼らは自身が犠牲にならなければ全てが正解なのだ。クズが出す答えなどクズなものしかない。
「今さら『裏切り者の娘』が裏切ったとしても誰も不思議に思わんだろ。決まりだな、明日あの娘を捕まえて陳情書を届けさせよう」
この日の会合は「いい会合であった」と皆が満足した顔で解散していった。自分達が出した答えに誰一人可笑しいと疑うものがなく解散したのだ。
娘は可笑しくて必死で笑いを堪えていた。彼らの馬鹿さ加減に可笑しくて仕方がない。
なぜ、迫害されている娘がお前らの協力をすると思う。
なぜ、父を裏切った者達に協力をすると思う。
父はなぜあのような者達を助けようとしたのかが解らない。
そして、なぜ娘を裏切ったのかも解らなかった。
娘が解ったのは裏切り者達に復讐する機会を与えて貰ったと言う事だけであった。
次の日、娘は何事もなかったように、いつもの場所で唯々座り込む。もうそろそろかなと思っていたところ、案の定、父の友人と偽っていた男が私の前に現れた。
「懐かしいね。覚えてるかな?」
男が私に話し掛けてきた。
ええ、覚えておりますとも。
この男は再三、父の友人と偽り、父から金をも借りていたグズだ。
父が処刑される時、嬉々として『裏切り者には死を!』と繰返し叫んでいた男だ。
男は私に来るようにと告げると、きのう会合に集まっていた者達が私が来るのを待っていた。
裏切り者の娘はこれから何が起きるのか知らない降りをした。
「お前に領地の仲間となるチャンスを与えてやる!この手紙を王都にいる国王陛下に届けるのだ。成功すれば、貴様を仲間として認めてやろう。解ったか?」
領地の仲間。裏切り者の娘は裏切り者達の仲間になるつもりはない。そんな事で裏切り者の娘が言う事を聞くと思うところが馬鹿なのだ。
娘は取りあえず困る振りをして返事を拒む。
領民達は望みの返答が得られなかったため、裏切り者の娘を殴り胸ぐらを掴んでもう一度言い聞かすことにした。
「いいか、この陳情書を上の者に届けるんだ!」
裏切り者の娘はニヤリと心の中で笑い、「解った」と返事をする。領民達は上手くいったとほくそ笑むが何も上手く行っていない事に気付いていない。
「でも、私では辿り着く前に倒れてしまうから無理かも」
裏切り者の娘の言葉を聞いて領民達は話し会う。
領民達は互いにお金を出し合い旅の資金と書状を裏切り者の娘に託した。
裏切り者の娘は可笑しくて仕方がない。普段、彼らは裏切り者の娘も裏切り者だと迫害してきた。
なのに何で今回は裏切られるとは思わないのだろうか。
裏切り者の娘は笑顔を浮かべながら旅立つ。
男達は仲間になれると勘違いして喜んでいると勘違いしているに違いない。
裏切り者の娘が喜んでいるのは、やっと裏切り者の彼らに復讐が出来るからであった。
【ただ生きるために】
裏切り者の娘は旅立つ。ただ生きるために。
あの街にいても裏切り者の娘には生きる道はない。
生きるためには娘は旅立つ事にした。そして、この先に裏切り者の娘の復讐がある。
裏切り者の娘が旅立ち暫くすると分かれ道に辿り着いた。道標には道を真っ直ぐ行くと王都に行けると書かれていた。だが、裏切り者の娘は右に曲がる道を歩き始める。
道を間違えた?
否、裏切り者の娘は間違えていない。
道標に裏切り者の娘の目的地が書かれていたからだ。
裏切り者の娘は元々、王都に行くつもりなどない。
いや、裏切り者の娘は国王陛下に陳情書を届けるなどと返事はしていない。裏切り者の娘は『上の者』に届けろと言う言葉に頷いたのだ。
そして、その行く場所がこの道の先にあった。
裏切り者の娘が旅立ち数日が立つ。しかし娘は空腹に悩まされる事はなかった。
男達から王都に行くお金を渡されていたからだ。
王都に行く事を考えれば目的地など直ぐそこであった。その為、食に困る事はなかった。
徐々に裏切り者の娘の目的地が見えて来た。
父の殺した者が住んでいた場所。
父が殺される切っ掛けとなった者が住んでいた場所。
裏切り者の娘が復讐のために利用する者が住んでいる場所。
この領地を治める者が住む館であった。
娘が館に辿り着くも門番に止められる。普通の者でさえ止められるなか、身なりがボロボロの薄汚い娘が訪れて来たのだ。門番が普通の者以上に裏切り者の娘を警戒するのは当たり前であった。
裏切り者の娘はここから先に進むのは不可能と思い、男達に託された陳情書を門番に手渡す。
門番はボロボロの薄汚い娘から手渡された手紙を汚いものを触るかのように広げて読む。
そこに書かれていたのは領主を裏切る書状であったから門番は大声で仲間達を呼ぶ。
「領主様を裏切る書状を携えた者が訪れた。この薄汚い娘を捕らえ、領主様に報告するぞ!」
裏切り者の娘は領主の館の地下牢に捕らえられた。
地下牢は牢の外にある蝋燭の灯りで照らされているだけで、常に暗闇に覆われている。
牢の中は常にじめじめしており、苔に覆われ壁には無数のナメクジが這っている。
部屋の角にはゴキブリのような虫がカサカサと動く音が聞こえる。
捕らえられた裏切り者の娘のもとに食事が持って来られる。食事は固いパンと具がない薄いスープだけであったが、裏切り者の娘にとってはご馳走であったため、「上手い、上手い」と食べる裏切り者の娘を牢屋番は怪奇な顔で見ていた。
牢屋に捕らえられて3日ほど立つ。食事は1日1食だけしか与えられない。しかし、裏切り者の娘にとっては1日に1食も食べられるだけでも幸せであった。その為、裏切り者の娘には牢屋の生活を天国のように思えてしまう。
普通の囚人にとっては地獄のような牢屋で、3日もいれば発狂してしまうなか、何もしなくても食事を貰え、雨風が凌げる場所で寝ることが出来るなど、裏切り者の娘となってからは考えられなかったため、思わず鼻唄が出てしまっていた。
そんな裏切り者の娘の幸せな牢屋生活も終わりを告げようとしていた。
裏切り者の娘のところにこの領地の最高権力者が訪れたからだ。
「まさか、裏切り者の娘がこのような書状を持って現れるとはな。裏切り者の娘よ、貴様はこの書状をどうするつもりであった?」
「領主様に届けるつもりでした」
領主も牢屋番も領主を護衛する者も理解できないでいる。何処の世界に悪事を働いた者のところに悪事を告発する書状を届ける馬鹿がいる。
彼らには裏切り者の娘の頭が可笑しくなったと思っているのに違いない。
「私の悪事を訴える書状を私にか?」
「私は自分が助かる可能性が高いところに持ってきただけです」
「どういう事だ?」
「私は『裏切り者の娘』として迫害されてきました。その迫害していた人達が領主への不満を国王陛下に伝えたいと私に託して来ました。あの人達は馬鹿なのです。散々、迫害された私が何故彼らの言う事を聞くと思うのか不思議でしょうがありません。
私は引き返せば彼らが待ち構え、私は袋叩きにあって殺されるでしょう。
ですので私には戻る選択肢はありません。また、国王陛下に届ければ私は父と同じように罪人になってしまいます。私は父のようになりたいとは思いません。
ですので、この手紙を領主様に届ける事にしました。私が助かる道は領主様に届けるしかありません。
この書状を領主様に渡せば私が罰を受ける事はありません。私はこの国の法に則って正しい事をしたまでです」
「娘よ!お主は父親が死ぬ事となった領主が憎くはないのか?」
「父が死ぬ事になった領主様は処分されました。そして、父を処刑した領主様は王都におります。私には今の領主様をお怨みする理由が御座いません。寧ろ、私を裏切った領民達を苦しめて頂いているので、私にとっては救い主でございます」
裏切り者の娘は本当に今の領主を恨んではいない。そして、今の領主のお陰で復讐が出来るため、今の領主を恨むどころが感謝さえしていた。
領主は裏切り者の娘の返答を気に入り、高々と大笑いをする。
「面白い!面白いぞ娘よ!『裏切り者の娘』は父を反面教師とし、領主を裏切らないと申すか?
良し、貴様の正しき判断に免じて貴様を罪に問わないとしよう。牢屋番よ、今すぐ娘を自由にせよ!」
裏切り者の娘が閉じ込められている牢屋の鍵が開けられる。
「それにしても、この書状を託した者は別だ。どのような処罰を与えようか・・・」
領主の言葉に裏切り者の娘はニヤリと笑う。
「私に良い考えがございます」
【只の娘になる】
裏切り者の娘は街に戻って来た。
裏切り者の娘が旅立ってまだ一週間そこらしか経っていない。王都に陳情書を届けて戻って来たにしてはあまりにも早すぎるため、裏切り者の娘が旅立った理由を知るものは、娘が戻って来た事に疑問を覚え、娘がなぜ戻って来たのか詰め寄ろうとした。
しかし、娘は一人で戻って来たのではなかった。領主の兵を引き連れて来ていた。
男は娘を掴もうとした手を押さえられ、そのまま地に伏せ捕らえられた。
裏切り者の娘は男を見てニヤリと笑うと、男の家の方を指差す。兵士達は指差す家に入り込むと、家にいた家族や使用人やらと全員を捕らえた。
兵士は次々と裏切り者の娘の指示に従い、会合にいた男達とその家族及び関係者を捕らえた。たまたま、そこに遊びに来ていた者やお客は不運としか言いようがない。
彼らも裏切り者の娘を助ける事はしなかったのだから、裏切り者の娘も彼らを助ける事はしなかった。
「これで全てか?」
「あと一軒、あの家の者をお願いします」
裏切り者の娘は領主にお願いをした。会合に集まった者を全て伝えるので、処分に裏切り者の娘を散々殴り続けた親族を加える事を。
領主はニヤリと笑い裏切り者の娘に「良かろう」と許可を与えた。
街の広場には会合にいた男達と裏切り者の娘を散々殴り続けて来た親族の男が縛られ一列に並ばされていた。
そして、その家族や関係者が後ろ手に縛られ、太い柱に縛られている。
「これで全員か?」
「はい、あの会合に集まっていた人達全員揃っております
兵士は裏切り者の娘に確認をとると、大声で領民に罪状を伝えた。
「この者達は領主を裏切る書状に関わっていた者として刑を執行する。尚、此度の罪はかなり重いものとし、その家族も連座責任として刑に処すものとする」
ここに来て漸く男達は娘に裏切られた事に気付く。本当に頭の悪い者共だ。
「この裏切り者が!」
「よくも裏切ったな!」
捕らえられた者達が裏切り者の娘を罵倒する。
裏切り者の娘は罵倒した者達の側に近寄ると、拾い上げた小石を男共目掛けて投げ付ける。
「ぐわっ!」
「痛い!」
「やめてくれ!」
小石は男共の顔面などにあたり、顔から血を流すものもいた。
「裏切り者はお前らだろうが!お前らの為にと命を懸けた父に何をした!娘の私に何をした!娘を託されたお前らが父を裏切ったのだろうが!」
幼く痩せ細った裏切り者の娘から発せられた言葉とは思えないほどのどす黒い罵声は街中に響き渡るかのようであった。
悪魔のように恐ろしい声に男達は震えて黙り込んでしまった。
「それに私は裏切ってなどないわ。私は『上の者に届けろ』に返事をしたけど『国王陛下に届けろ』には返事をしていないわ」
男達は裏切り者の娘とのやり取りを思いだすと顔を青ざめる。
「わ、私は会合になんて参加していない。私は無罪だ!」
裏切り者の娘の親戚である男が兵士に訴え掛けている。
「貴方が会合にいなかった証拠は?」
「へっ!?」
「ここにいる人達は『私の証言』によって集められた人達です。貴方が会合にいなかった証拠がなければ私の証言が優先されます」
証拠などあるはずがない。
会合がいつ行われ、何処で行われていたのか解らないのだから証拠など出せるはずがないのだ。
親戚の男は完全に裏切り者の娘に嵌められた事に気付く。そして抗う術がない事にも気付き、体中の力が向け項垂れてしまった。
娘は踵を返すと、今度は彼らの家族が捕えられている場所に向かう。
「御前!父に散々遊んで貰っていたくせに、よくも石を投げてくれたな裏切り者!」
「御前!父が亡くなったあと、私の家から金目の者を盗んでいったな。裏切り者!」
「御前!父に金を借りていた癖に父の死をいいことに踏み倒したな。裏切り者!」
「御前!父の親戚だからと家や財産を好き勝手に使い果たしてくれたな。裏切り者!」
「御前達は父に助けられた癖に父を裏切り者と罵声を飛ばしていたな。裏切り者!」
娘は一人一人に父に助けて貰った者の裏切り行為を述べる。
そして、言い終わると側にある樽に入っている液体を柱に結ばれている者達目掛け投げ掛ける。
娘が何をやろうとしているのか街中の者達が気付く。
「嘘でしょ・・・」
「信じられない・・・」
街中からざわめきのように非難の声が裏切り者の娘に届くが裏切り者の娘は液体を掛ける作業を止めない。
「止めてくれ!」
「助けてくれ!」
一列に並ばされた男共から発せられた言葉を聞いた裏切り者の娘は作業をピタッと止め男達の方を見る。
「私が『止めて』『助けて』と訴えても聞き入れなかっただろうが!」
「家族は関係ない。見逃して欲しい」
「私の名は?」
男達は突然の娘の質問にどう答えたら良いか解らず戸惑っている。
「私の名を言ってみろ!」
娘の名。
答えられる者はいなかった。
裏切り者の娘は裏切り者の娘として蔑まれ続け名前は忘れ去られていた。
裏切り者の娘は柱に縛られている者、街の者に問うが答えられる者は誰もいなかった。この街には裏切り者の娘の名を覚えている者は一人もいなかったのだ。
裏切り者の娘は再び捕らえられた男達の方を見る。
「貴様等は父の家族である私を裏切り者の娘として蔑んで来た。家族は関係ないだ?関係ない家族に御前達は何をした!」
裏切り者の娘は再び液体を掛け始める。樽の中の液体は殆ど空になった。
「お願い止めて、何をするつもりなの?」
「何をするつもり?皆様、仰有っていたではないですか『裏切り者には死を!』と」
娘は篝火を倒すと炎が勢いよく首謀者の家族らを覆う。
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
「あつい!助けて!あつい!」
「おぎゃぁーおぎゃぁー」
炎に包まれた者達が叫ぶ声が街中に響き渡る。目の前で焼かれる家族をただ見るだけしか出来ない首謀者らは嗚咽しながら呻き叫ぶ。
その中で娘は声高らかに笑っていた。
「あはははははは、目の前で家族が殺されるのってどんな気分だか解った。ねぇ私の父の時は連呼してたじゃない、『裏切り者には死を!』って、言わないの?言いましょ!言うべきだわ」
流石にこの状況には兵士からも「ひでぇ」 「えげつねぇ」「うわっ」と引くような声が聞こえて来たが、裏切り者の娘はお構い無しに「裏切り者には死を!」と一人で連呼している。
数時間後に燃えるものがなくなったようで、立ち上がる炎が徐々に弱くなり、最終的にはプスプスと音を奏で異臭を放つ黒い物体が多く転がっていた。
これが人間の塊だったと思う者などいない。
次は首謀者の処刑だが、直ぐには行われなかった。
24時間彼らを放置し黒い塊となった家族を拝ませてやった。
次の日彼らを一人一人吊るし処刑を行う。
ある男は裏切り者の娘を呪うように叫ぶも裏切り者の娘から笑顔が消える事はない。
全ての者が吊るされると一人の兵士が叫ぶ。
「この罪人は見せしめとして今から一週間はこの場所に放置する者とする。罪人に花を添えたり、遺体を片付けようなどとした場合はその者も罪に問われるものと思うが良い!」
叫び終わると兵士は裏切り者の娘の方を向く。
「娘よ!他にやり残した事はあるか!」
この問いに残された領民はゾッと恐ろしく震えが止まらなくなった。
「いえ、御座いません」
「それでは、これより領主様に刑の執行について報告に戻ることにしよう」
娘は兵士に馬に乗せて貰い街を後にした。
この日より裏切り者の娘は只の娘と呼ばれるようになった。




