第六話 帰還
凄く見覚えのある顔です。
ええ。
だってほぼ毎日見てる顔ですから。
「お客さん? 昨日飲み過ぎでもしたんですか?」
「あ~~いや」
僕の顔を覗き込んだのは駅員だ。
もう何年もの付き合いだ。
多少だが馴れ馴れしくもなる。
「最終で帰って来たは良いが、駅で寝られちゃ困るんですが……」
「いや~~すみません……あ~~」
「どうかしたんですか?」
「僕は此処まで、どうやって戻って来たんですかね?」
「は?」
僕の言葉に目を丸くする馴染の駅員さん。
僕の言っている意味が分からないと言う顔だ。
「電車でここまで帰って来たんでしょ?」
「あ~~いや~~まあ~~」
「まさかタクシーに乗ってまで、ワザワザ駅で寝ていたとか?」
怪訝な顔をする駅員さん。
「いえ、ただの電車を降りての寝過ごしてでしょうね」
「折り返しに乗ってですか?」
「いや、最終の「きさらぎ駅」に事情が有って降りたんですよ」
「はあ?」
「あ~~いや済みません。「きさらぎ駅」までの往復切符は買ってなかったのでここでお支払いします」
「あ~~いえ」
「どうかしました?」
「きさらぎ駅なんて聞いた事もないですよ?」
「え?」
何?
何なの?
は?
「いや、確かに僕は「きさらぎ駅」で降りたんです」
「あ~~いや~~何かと勘違いされておられるのでは?」
「はい?」
「全国の駅名を調べても「きさらぎ駅」なんで存在しませんよ……?」
「そんな筈は無いのですが。確かに僕は……」
「あ~~」
ポケットからスマホを取り出す駅員さん。
「ほら」
「あれ?」
検索結果を僕に見せる駅員さん。
きさらぎ駅はヒットしてしない……。
「ない?」
「でしょう?」
「あれ?」
じゃあ~~あの出来事は一体……。
いや~~でも……。
なあ~~。
実際あの駅が有ったとしてもなあ~~。
とんでもない体験をした駅だったからな~~。
「はあ~~」
「お客さん、納得されました?」
「ええ」
「夢でも見たのでは?」
「そうかも」
「では自分は此れから仕事なので」
「すみません」
「いえいえ」
駅員さんは去って良く。
疲れた。
今は何時だ?
「あ~~今の太陽の高さから恐らく朝だな~~時間は~~」
あれ?
「何か違和感が……」
僕は周囲を見回す。
右手には見慣れた駅前のドラックストア「桜」
大手チェーン店です。
清潔感のある白い壁に店内に多くの採光を考えた大きなドアと窓。
多くの来客を考えた広い駐車場。
いつもの見慣れた風景だ。
その道路を挟んだ向かいには割烹「錦」
つい最近建てられた日本料理店ですね。
内部に庭園などは無い簡易型割烹です。
立地的に予算がヤバかったんでしよう。
庭が無いのは。
そして僕の正面。
大きな四階建ての建物。
駅前のバスターミナル兼ビジネスホテル。
僕が幼いころからある古い建物です。
中に入った事が無いので詳しくは知らないけど。
そしてその横にある道路。
僕の正面の道路。
国道へ続く道ですね。
その道路の左横に地元の観光案内がある。
地元の名産を取り扱う土産店も兼ねているが。
その隣は交番ですがね。
話がそれた。
僕の正面の道路。
または地元のアーケード横を通る道だ。
あ~~昔を思い出す……。
あの時代はこのアーケードは流行ってたんだがな~~。
今は寂れてます。
大手のスーパーややドラッグストアに押されて。
とはいえだ。
それでも個人の店は未だに幾つか残っているけど。
残っていたよな?
そして僕の左手に有る店。
駅の左側にある店。
大手のコンビニチェーン店がある。
昔からお世話になってます。
代金決済とか煙草を買ったりとか。
そして弁当を忘れた時に重宝しています。
まあ~~駅の中にもコンビニが有るから其処でも買えるんだけど。
ここで買っておかないと普通に忘れるからな。
買う事自体を。
うん。
現実逃避をしていた。
いや違う。
現状の確認か?
いや違う。
「この違和感は気の所為か?」
本当にそうか?
「気のせいだとしとこう」
まあいいや。
とにかく僕は帰って来た。
あの狂った様な世界から。
多分。
「最後は死んだと思ったけど……」
リアルな痛みが有った。
有った……気がした。
「多分悪夢だな」
うん。
考えたらあんな非常識な事が有るものか。
夢。
というか……
「夢おちかよ」
寝てたし。
それはそうと……。
今は何時かな?
僕は腕時計を見る。
丁度……八時。
うん?
再び見た。
「ち・こ・く……」
血の気が引いた。
遅刻確定。
「ぎゃあああああっ! 遅刻だああああああっ!」
思わず悲鳴を上げました。
「お客さん? いきなり大声を上げないで下さい」
「すみませんんんんんんんんっ!」
その日は会社で怒られたのは言うまでもない。
泣きたくなった。




