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プロローグ


 病院の待ち受けで眠気と戦っていた。

 ぼんやりとしていた僕は其れに気が付かなかった。



 呼び出しのアイコンに。


 呼び出しの音声が煩い事で定評のあるアイコンに。



 それより大きい映画の宣伝用の画像で気が付かなかったんだが。



 数分後。


「〇〇様〇〇様居ませんかっ! 〇〇様っ!」


 アラーム音と共にAI看護婦の怒鳴り声が耳元で炸裂。

 物凄く煩い。

 凄い煩かった。

 

「ぎああああああああああああっ!」


 

 だから耳を塞ぎゴロゴロ転がった。

 座ってた椅子を透過していく僕。


 キ~~ンと耳鳴りがする。



「あ~~」


 受付で大声を出した僕。

 その僕方を誰も振り返らない。

 第三者から見れば異様な光景。


 見れればだが。


 見れない仕様だからなあ~~僕は。

 まあ~~良いか。


 視界に今度映画館で上映される宣伝のポスターの画像が写る。



挿絵(By みてみん)


 



 

「あ~~」


 脱力した。

 僕は画像を閉じる。


 よし。


「は~~い」


 アラーム音と共にアイコンが消え半透明の別の女性の画像が写る。

 この画像の女性もAI看護婦だ。

 別の担当のAI看護婦だ。


「■■様体重と身長を測りますので矢印に沿って移動してください」


 別の患者が矢印のアイコンに沿って移動する。


「〇〇診察室に移動してください」

「はいはい」


 視界一杯に広がる画像は複数別れ周囲を透過する。

 病院と他の患者や医者は現実だが看護婦とアイコンは仮想現実だ。

 健康な一般人はヘッドホンの様な外見の《端末》で脳内に映像を映している。

 但し映像と音声のみだが。

 脳に直接繋げる《端末》も存在するらしいが眉唾物だろう。

 

 直接繋げる事が出来れば視覚や聴覚だけではない。

 残り五感を感じる事が出来るらしい。



 あればだが。

 


 実際の僕は脳に端末を直接繋いでいる。

 僕の本体は。


 そう。


 僕の本体は。


 今の僕はアバターに意識を移しているだけの存在だ。

 僕の存在を認識できるのはAI看護婦と医者だけだろう。


 恐らく。


 今の僕は院内にある複数の監視カメラのデーターを元に作られた仮想現実世界をいどうしてるに過ぎない。


 

 僕は診察室の壁を透過して室内に入る。

 診察室に入ると医者が僕を認識して口を開く。

 そう認識した瞬間だった。

 


 ――ジジッ。



 記憶が飛んだ。

 

 何故か。


 これは……。


 予想がつく。

 恐らく僕にとって耐えがたい事が起こったんだろう。

 自己を守るための軽い記憶喪失だろう。


 僕が受けた脳に端末に取り付けられた安全装置だ。

 

 多分そうだろう。


 眼前に医者が僕の様子に怪訝な顔をする。


「〇〇さんどうしました?」


 かかりつけ医の山田さんだ。


「いえ……どうやら脳の安全装置が作動したみたいです」

「ああ~~少し自分が無神経でした」

「いえ」


 眼前の医師の背後に無数の画像が映されている。

 画像は病室の一室。

 

 エア・コントロールされた無菌室の病室だった。

 其処には一人の患者が寝かされていた。


 僕だ。

 僕の本体だ。


 無数の大きさの機械で埋め尽くされた広い部屋の中央に寝かされていた。

 機械から伸びた数多くのチューブで繋がれた状態で。


 画像の右下に複数の数字が表示されていた。

 

「終末生活申請ですが量子コンピュータ(量子思考アザートス)からの許可は下りました」

「それは良かった」

「終末の世界を楽しんで……というのはおかしいですね」

「それは~~まあ~~」



 僕と医者は笑いあった。

 そう。

 明るく。

 楽しく。



 さも嬉しそうに僕は笑った。

 医者は僕に合わせて笑っているようだった。


「あの〇〇さん?」

「はい?」

「死ぬのが怖くないんですか?」

「え?」


 僕を真剣な目で見つめる医師。


「申請が通ったという事の意味を分かってます?」

「それは事前に説明を受けたので……」

「申請が通ったと言う事を本当に理解してます?」


 医師はため息をつく。


「貴方の記憶・人格・性格・生体反応までが完全に複製されたアバターが作られるのですよ」

「それが目的ですからね」


 自分の頭部を掻きむしる医師。


「完全な複製ですよ其のためには生身の脳を解体し直接機械に接続しなければいけません」

「それは聞きました」



 この人普通言うか?

 いや。


 これは僕を思いとどまらせようとしてるんだろう。


「その結果は現実世界の死です」



 リアルとは言わず現実の死ねえ。


「まあ」

「それでもアバターを作られるんですか?」

「ええ」

「何故?」



 医者の真剣な顔に僕は答える。


「あれですよ」

「……」


 僕は本体を映した画像を指さす。


「物心ついた時からアノ状態です」

「……」

「あれで生きていると言えますか?」

「決意は固いようですね」

「ええ」



 何かを堪えてるかのような顔の医師。

 何を考えてるのやら。


「今のアバターで感じられるのは視覚と聴覚の世界なんですよ」

「それは……」

「僕は映像だけの人生なんて嫌なんです」

「ですが貴方は、まだ若い」

「先の未来で治療法が発見されるかもしれないと?」

「今の科学の進歩は早い空想とされたリアルに展開できる仮想現実を実現させた」

「確かに」

「ならば遠くない未来で新しい治療法が発見されるかもしれません」

「今の量子コンピュータ(量子思考アザートス)なら新たな治療法が発見されるかもしれませんね」

「では」

「でも何年後に?」

「……」 


 暫くして医師は口を開いた。


「記憶はどうしますか?」





 この会話を最後に僕は意識を失った。





 ◇




 夜十時。




 電車の最終に乗った僕はウツラウツラと寝ていた。

 仕事の疲れと連日のバイトの所為で。


 半分夢の世界にいた僕は変な夢を見た。



 座席の硬さと電車の暖房がいい塩梅過ぎるのが悪い。

 だから眠りこけるのは仕方ないと思う。

 というか此れは電車内の環境が眠るのに適しすぎるのが悪い。

 

「す~~す~~」


 何か変な夢を見ていた。


「~~駅~~駅」

「ヤバい寝てた」


 電車内のアナウンスの声で目を覚ます。

 ヤバイ。

 もう駅は目と鼻先だ。


 慌てて席を立つ僕。

 その拍子で、ふと電車の窓から外を見た。


 

「ぎやあああああっ! 海の上を走ってるっ!」


 どういった理屈か分からないが海上を走行していた。


「というか海の上に何でレールが有るんだあああああっ!」


 僕の言葉通り、どんな原理か海上にレールが浮かんで電車が走行していた。


「嘘だろっ! おいっ! レールの下に土台が無いんですがっ!」


 理解不可能な現象に目を白黒させる僕。

 電車の進行先は沢山の木々が生えた森の様な大陸。

 木はイチョウか?

 多分。


 というか見たことが無い。

 何だアレ?


「うん?」


 これだけ大騒ぎしてるのに何で誰も僕に文句を言わない?

 気になった僕は窓から離れ周囲を見渡す。


 乗客はいました。


 ええ。



「六文銭持ってる?」

「有るよ~~」



 長襦袢 襦袢 着物インナー 和装下着 腰紐付。

  半襟付き 地紋入り お仕立て上がりですね。


 ガーゼ 白装束ですか?

 全員。


「三途の川は何処を渡る様に言われた?」

三瀬(みつせ)川」

葬頭河(そうずか)

「渡り川」


 親しいのか和気藹々と話してる老人たち。

 うん。


 全員顔色が土気色です。

 何でだろうな?


 

 僕はコソコソと隠れるように電車の隅に行った。




「やべえ~~なんか……やべえ~~」


 

 何んか怖いんですが。

 ええ。

 


 夢の所為かな~~。

 やべえ~~。


「最終きさらぎ駅~~」



 電車内のアナウンスを聞いてすぐにドア付近に近寄る。

 定期をズボンのポケットから出す。


「周りに気づかれる前に逃げるしかねえな」


 僕はそう自分に言い聞かせる。

 


 それを駅員さんに見せて駅を降りた。

 僕の背後で乗客がゾロゾロ降りてくるが気にしない。

 気にしたらヤバイ。


「定期を拝見」

「はい」


 僕の定期を確認する駅員さん。

 なお此処で普通に定期を見せてもアウトなので一工夫。

 目的地の部分を軽く隠し素早く見せて立ち去る。

 急いでます。

 そんな表情で早歩きする。


 運が良ければ通れる。


 自動改札機でなくて良かった。


「お客さん」

「はい?」



 やべえ~~バレた?

 駅員の方をしらばっくれた顔で振り返る。

 

 深く被った帽子の所為で駅員の顔が分からない。


「お客さん人間ですか?」

「はあ?」


 駅員の予想外の質問に僕は目を丸くする。

 人間ですか?

 何が?


「愚問でしたね」

「何がですか?」

「いえ気にしないでください」


 帽子を深く被る駅員。

 今一瞬だけ顔が見えた。


 いや見えなかった。


 目も鼻も眉毛もない。

 有るのは口のみ。


 ……。

 気のせいだろう。


「「きさらぎ駅」は人以外の者、若しくは其れに縁がないと来れませんからね」

「え?」

「いえいえ独り言です」

「……」



 そそくさと僕は小走りして逃げるように歩く。

 背後のナニカから逃げるように。



 そうナニカに。



 そのまま外に出た僕は背後のナニカの気配を感じなくなってから立ち止まった。


 駅を降りると深い森の中だった。

 電車の中から見た森よりも酷く深い森だった。

 完全な別物だ。


「はあ?」


 思わず声が出た。

 いやガチで。


 何でイチョウから杉に?



 駅を降りると森というと何処のファンタジーだよと言いたい。

 溜息をつき空を仰いだ。


「月が大きくない?」


 気のせいか月が大きすぎる。

 記憶に有る月の大きさの二倍はあると思う。

 勘違いでは無いと思うが何とも言えない。

 

「それに赤い様な」


 気のせいだと思いたい。

 精神衛生上。

 ええ。


 それはそうと。


「ここは何処だ?」


 それが言いたい。

 見慣れた駅から降りたら見知らぬ森。

 何の冗談だろう?


 冗談では無いだろうな~~。


 そう思いながら僕は周囲を見渡した。

 周囲は深い森。

 背後は駅……え?


「駅が無い」


 何で?

 今降りたよね僕。

 何でないの?


 代わりに有るのは前面と同じ深い森。

 不味い。

 本当に異常事態だ。

 どうすれば……。

 


 途方に暮れる僕。


 ヴオオオオオオ~~ンッ!



 そんな時だった。

 何処からかバイクの音が聞こえたのは。

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