表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

「邪心の悪魔」VS少女(1)

 ──東京都内の、ひっそりとした住宅街。


 そこに、ひときわ古めかしい大きな屋敷がある。白壁と瓦屋根、長い塀に囲まれ、まるで時代から切り離されたかのような佇まい。その屋敷には今、二人だけの住人がいた。


 兄と妹。


 来島拓哉──二十歳。病弱ゆえに外の世界とは縁遠く、しかしその端正な顔立ちと儚さが、見る者の庇護欲をかき立てる青年。


 来嶋みさき──十七歳。黒髪を背に流す清楚な高校二年生。ミッション系の寮制高校に通うはずが、兄の世話を理由に特別に「自宅通学」を許されていた。



 だが二人の両親はもういない。数年前、強盗の凶刃に倒れた。──その日だけ、偶然出かけていた兄妹は生き残った。


 残酷で、皮肉な「偶然」だった。


 しかしみさきは、時折ふと思ってしまうのだ。


(あの日の事件……むしろ、神様が私に与えたご褒美なのかもしれない……)

 そんな不謹慎な考えを打ち消すように首を振り、彼女は今日も兄のもとへ足を運ぶ。


「お兄様、朝のお薬です」

 盆に水と薬を載せ、柔らかな笑みを浮かべる。


「ありがとう、みさき……ほんと、俺がこんな体じゃなければ……同年代の子みたいに、楽しく過ごせたのにな」

 その言葉に胸が熱くなる。


 母性、庇護欲、そして独占欲。全てが刺激される。

(ふふ……いいのです、お兄様。だって、あなたは私がいなければ生きていけない。あなたの世界はもう、私ひとりだけのもの──)


 声に出すのは、もっと穏やかな言葉だった。

「いいんです、気にしないでください」




 そう答えれば、彼の良心はさらに揺れる。

「……ごめんな。みさき。俺……やっぱり、一人で療養所に入ったほうがいいかもしれない」

 


 その言葉を聞いた瞬間、みさきの胸に鋭い痛みが走った。

「だめっ!! 絶対に許さないっ!!」


 思わず声が荒くなる。


「っ……」

 拓哉の目が大きく開かれる。妹がこんなふうに声を荒げたのは初めてだった。


「な、何言うの……! 家族でしょう? どうして一人になろうとするの。甘えてください、私に。お兄様を、一人には絶対させませんから!」

 その声には揺るぎない決意が宿っていた。


 拓哉はしばし沈黙し、やがて困ったように微笑む。

「……うん。ありがとう、みさき。ごめんな」


 再び出た「ごめん」の言葉に、みさきは小さく唇を噛む。

「……その、『ごめん』って言葉……言わないでほしいの。私が、悲しくなるから」


「……わかった。ありがとう」


 二人の間に、ひときわ濃い静寂が満ちる。


 ──そう、この時間が愛おしい。


 兄の全てを抱きしめ、独占している実感。

(ああ……もうこの人は、私だけのものなのだわ)


 胸の奥で、甘やかな恍惚と、冷たい独占欲が同時に燃え上がる。




――都内某所、旧家の屋敷に帰宅したみさきは、制服のまま大理石の床を踏みしめながら、どこか遠くを見つめていた。


 ふと胸に去来するのは、いつまでこの「兄と二人きりの世界」が続くのかという問い。


 大学? 社会人? 現実を考えれば、永遠はあり得ない。


 けれども、願うことは自由だ。


  できることなら――彼と夫婦になり、子供を抱いて、笑い合いたい。


 この屋敷ではなく、普通の家庭を築きたい。


  「もし海外に行けば……なんとかなるのかしら」

  そんな淡い妄想を吐息に変えた、その瞬間だった。


 「えっ、海外とか行かなくても、なんとかなるよ。任せてよ」

 唐突に背後から声。驚いて振り返ると、そこにいたのは見知らぬ少女。


 華奢な身体、ブレザー姿、カールした天然パーマの髪。まるで同年代の転校生のような可憐さを纏いながらも、その瞳には冷たい愉悦が宿っていた。


「あなた……誰?」


 問いかけるみさきに、その少女は唇を弧にして告げる。

「ボク? ――悪魔だよ。名前はファタリア。リアって呼んで」


 一瞬の沈黙。だがみさきは驚きの声を上げることもなく、むしろ淡々と応じた。

「悪魔、ね。で、何をしに?」


 「君のことを見てたら、面白くてさ。お兄さんと“法的に問題ない関係”にしてあげる。そうすれば堂々と夫婦になれるじゃない」


 「お願いするわ。……対価は何? 魂とか、そういうのは嫌よ」


 リアはくすりと笑った。

 「話が早くて助かる。ボクの趣味だから、お金はいらない。ただ条件はひとつ。“ボクの存在を誰にも言わない”こと。第三者に漏らしたら、そのときは――君の魂をいただく」



 「……ふぅん」みさきは訝しげに瞳を細める。


 「いいわ。それでお願いする」


 「ねぇ、少しは驚いたり、感謝したりしないの? なんかさ、下僕扱いされてる気分なんだけど」


 「そうね。あなたの言う通りだわ」


  みさきはすっと立ち上がり、スカートの裾を押さえて深々とお辞儀した。

 「――申し訳ございません。どうぞよろしくお願いします」


 その切り替えの速さに、リアは口角を上げる。

  「ふふっ。見込んだ通りだよ。じゃあ2〜3日後にまた来る。そのときまでに考えておいて。あ、もう一度言うけど、ボクはリアだよ」



 言い残し、少女の姿は霧のように溶けて消えた。




 屋敷の廊下に残されたみさきは、長い黒髪をかき上げながら思う。


(悪魔だか何だか知らないけど――まともな取引なんてするわけない。

 絶対裏がある。けど、それを逆に利用してやる)



 静かな屋敷に、彼女の小さな吐息が落ちる。


ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


読んでいて リアクション、感想等、気軽にお教えいただけるとうれしいです。

 

今後もよろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ