さつきと芽郁(5)
リアは笑いながらウインクした。
「まずはシャワー、そしてメイクね。新しい体で、新しい生活が待ってるんだ。楽しもうじゃないか」
さつきは鏡を握りしめ、深呼吸する。
――そうか、私の人生は、ここから完全に書き換わるんだ。
目の前に広がる可能性に、胸の奥が高鳴る。
――恋愛無双、対人無双、そして青春無双……
新しい自分で、新しい世界を歩む、第一歩が、今、始まった。
こうして、私――元 羽兼芽郁 今 坂本さつきの26歳、高校教師生活が始まった。
初日から、クラスの生徒たちと向き合うのはもちろん、雨宮先生との距離も少しずつ近づく。ある日、彼からデートに誘われた。
レストランの個室で、雨宮先生は自然にエスコートしてくれる。会話も軽やかで、彼の話に合わせるだけで成立する。美味しい料理に舌鼓を打ちながら、初めてのお酒を口にする――いや、坂本さつきとしてなら、すでに飲み慣れている。
しかし、今回は違った。脳内AIの指示で「今日は体調のせいでお酒が回ったふり」をして、そのまま一夜を過ごす。
大人の知恵とAIのサポートで、初めてなのに慣れているフリも完璧だ。正直、戸惑うこともあったが、それも含めて大人の遊戯のように楽しめる。
やがて私たちは付き合うことになった。毎日が充実し、楽しい。坂本さつきの経験値とAIの指示のおかげで、誰とでも会話が弾むし、メイクやファッションにも自然と興味が湧く。
もちろん、他の男性に言い寄られたり告白されたりすることもある。先日は男子高校生から告白されたが、もちろん丁重に断った。
英語の授業で、元の私――高校生の羽兼芽郁とも再会する。
目が合うだけで、お互いに検討を称え合う。
彼女はすでにクラスの一軍になっている。
もし私が高校生のままだったら、あの立ち位置には立てなかっただろう。
毎週のデートを重ねるたびに、AIと過去の経験が融合し、足りない知識や振る舞いもすぐに補える。
まるで無敵の恋愛強者だ。
このまま彼とゴールインも夢じゃない――そんな自信さえ芽生える。
しかし、日常には小さな不安も混じる。ある日、彼に電話をかけても出ない。アプリでメッセしてみると、「今、飲み会」と返事が来る。聞いてないぞ。
画像を送るよう頼むと、そこには女の姿が。
思わずすぐに電話をかける。
「もしもし、今日、なんの飲み会なの?私、聞いてないんだけど。しかも、女いるよね。これどういう事?」
「いや、付き合いでさ。人数合わせなんだ。もうすぐ帰るから」
「いい、そっち行くわ。どこの店?」
「あっ、ならすぐ帰る」
こんなことが続けば、関係もぎくしゃくしてしまう。
そしてついにその日が来る。
「ごめん、別れたいんだ」
「はっ……別れるわけないじゃん、なに言ってるの?」
(当たり前だ。こっちはお前のために、体まで入れ替えてきたんだぞ)
「でもさ、1時間おきにメッセするなんて、おかしいよ」
「それ、授業があるから仕方なく1時間おきにしてるんだよ。本当なら15分に1回だよ。何言ってるの?自分から告白しといて、ふざけないでよ」
――脳内AIが、最適な行動を解析する。
『あまり束縛が激しいことを言うと、男は引きます。ここは理解あるふりをしましょう。泣き落とししてみましょう。彼の性格から通じる確率は80%です』
さつきは深呼吸して、泣きながら彼に縋りつく。
「きつい言い方して、ごめんね。私、不安なんだよ。あなた、みんなに優しいじゃない。だから勘違いする子がいるの。ごめんね。嫉妬しちゃうんだ。私、馬鹿だからさ。あなたがいないと駄目なんだ」
「うん……俺も気をつける」
AIの助言通り、感情を素直に伝えるだけで、関係は修復された。
――これが、私の新しい恋愛強者としての日常なのだ。
しかし、そうは言っても、現実は思ったほど甘くはなかった。
日々の生活の中で、さつきと彼の間に微妙な亀裂が生じる。会えば必ず別れ話――些細な誤解や不安が積み重なり、笑顔は次第に消えていった。
ある夜、ベッドに座ったまま、さつきは独りごちるように呟く。
「どうして、こうなるの……」
背後から、いつもの冷静で皮肉混じりの声が響く。
「で、ボクを頼ったと……いや、わかるよ。ボクもさ、恋する乙女だからさ。信じてもらえないかもだけど、でも少し束縛が激しすぎやしないかい?」
さつきは額に手を当てて溜息をつく。
「うーん……でも、そのために、17歳からいきなり26歳になって、10年近い時間をふいにしたんだから、それくらい……当然でしょ」
リアは肩をすくめ、悪戯っぽく笑う。
「そもそもなんだけど、今となっては別の男でもいいんじゃない?前とは違うんだからさ〜」
「彼がいいの!」声が自然と強くなる。さつきの目が真剣さを帯びる。
「ふむ……わかった。ボクさ、悪魔だからさ。なんの対価もなしに動くのはちょっとね、って言いたいところだけど……いいよ、特別に協力しちゃう。でもその代わり、彼、モテ男じゃなくなるけど、それでいいの?君から見たら変わらなくてもさ」
さつきは小さく頷く。
「いいわ。私から見て変わらなければ、それでいいの」
リアは目を細め、楽しげに微笑む。
「じゃあ……2〜3日待ってて」
その言葉を残し、彼女は闇の中に消えた。
ベッドに座ったまま、さつきは自分の手を握りしめる。
心臓は高鳴り、全身が熱を帯びる。リアの助力があるとわかっていても、不安と期待が混ざり合うこの感覚
――まるで初恋のようだ。
「……あと、少しだけ、我慢すればいいのね」
胸の奥で、さつきは小さな覚悟を固めた。
自分が本当に望むもののため、そして彼と一緒に歩む未来のために。
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