さつきと芽郁(1)
――見つけた。
この子たち、面白そうだ。
彼女の視線の先には、関東のとある県立高校――東山高校があった。
坂本さつき
「はい、今日の授業はここまでです。課題は今日配布したプリントの提出を忘れないように」
チャイムと同時に、今日も授業は終わる。
この高校に赴任してから三年。もうすっかり慣れた。
だが、慣れた日常ほど、油断ならないものはない。
「坂本先生、今日どうです? 何人かの先生と一緒に飲みに行きませんか?」
国語教師の雨宮が、にやりと笑って誘ってきた。
「すみません。今日はちょっと……実家に用事がありまして」
もちろん嘘だ。
下心見え見えだっちゅーの。
見た目はそこそこ、清潔感あり。気遣いもできて、仕事も早い。
だが、教師のくせに妙にチャラい。女生徒との噂もあるし、正直、信用ならない。
――うますぎるんだよ。
気遣いとか、タイミングのいい言葉とか。
気のないふりして、結局は狙ってる。
ちょろい女なら、こういうタイプに一発で落ちるんだろうけど。
こちとら百戦錬磨。
複数同時に愛せます、みたいな男はもう経験済みだ。
「君子危うきに近寄らず」ってやつ。
……ま、私に“君子”ほどの教養や徳はないけどさ。
――アパートに帰りつくと、無意識のルーティンが始まる。
ひとりで寂しくご飯を食べ、ぬるめのお風呂に浸かって化粧を落とす。
そのあと、海外ドラマを流しながらビールを一本。次に、焼酎。芋、ロック。
――これが最高。
「ふぅ……」
グラスの氷がコトリと鳴る。このひとときだけが、日々の救いだった。
SNSを開けば、既婚者になった友達の近況報告が流れてくる。
「赤ちゃん生まれました!」
「旦那と記念日旅行〜」
……そんな投稿を見ながら、心のどこかで笑い、同時に心のどこかで虚しくなる。
高校、大学時代は楽しかったな――そう思いながら、スマホのアルバムを開いた。
そこには生徒たちと撮った集合写真。
その中のひとり、男子高校生の笑顔に、思わず指先が止まる。
キラキラしている。
無垢さ。純粋さ。ひたむきさ。
大人になると誰もが手放してしまうそれを、彼はまだ持っている。
「……羨ましいな」
胸の奥で、じんわりと熱いものが広がった。
そう――惹かれてしまっているのだ。
もちろん、だめだ。教師と生徒。
そんなことは許されない。
でも……憧れるくらいはいいじゃないか。別に取って喰おうというわけじゃない。
――でも。
もし、彼のほうから求められたら……?
そのときは、喰ってもいいのでは……?
「いやいや、だめだろ。自分、教師だぞ……」
思わず声に出して、ひとりで苦笑する。
まあ、妄想くらいなら、誰にもバレない。
社会に出れば、みんな値札をつける。自分にも、相手にも。
それは仕方ないことだし、ある意味では必要なこと。
だけど……疲れる。消耗する。
――もう一度、あの頃に戻りたい。
もし彼の彼女になれたら。キラキラした青春をもう一度、やり直せたら。
「できるよ〜。してみる〜。彼の彼女になって、キラキラした青春。最高じゃない」
「……え?」
耳元で、あまりに自然な声が聞こえた。
飲みすぎたのかと思い、振り返る。
だが――そこにいた。
華奢な体。カールのかかった天然パーマの髪。
制服のブレザーを着た、美少女が立っていた。
「……まさか、幻聴じゃ……」
「違うよ。ほら、ちゃんといるでしょ?」
少女は笑った。まるで、青春そのものを形にしたかのような笑顔で。
……誰? というか、うちの生徒じゃないわよね。ブレザーだし」
私が警戒を滲ませながら言うと、目の前の少女は肩をすくめて笑った。
「だね。飲み込み早くて助かるよ。この前なんか“変態”扱いされたから」
「いや、不審者って意味では間違ってないわよ」
「…………まぁ、そうなるか。でもさ、もし本当に怪しいなら、玄関のブザー鳴らしてら部屋に入れてくれた?」
「もちろん、入れないわよ。怪しいもの」
軽口の応酬に、奇妙な安心感さえ覚えてしまう自分がいた。
だが、次に彼女の口から飛び出した言葉で、私の心臓は一瞬止まる。
「じゃあ、いきなり本題。――君、女子高生に戻りたくない? ボクならできるよ。面白そうだから、手伝ってあげる」
「……ごめんなさい。風俗嬢になるのは、ちょっとね。男の人嫌いじゃないけど」
「うん、それ誤解。そういう意味じゃないよ。――“東山高校の女生徒”として戻るんだ」
「この年でセーラー服? きついわよ。化粧して制服とか、セクシー女優みたいじゃない」
「ボクの言い方が悪かったね。ほんとに“17歳”に返って、高校生活を送るんだ」
少女の瞳が、冗談とは思えない光を放つ。
私は無意識に唾を飲み込み、視線をそらすことができなかった。
「……うん、わかった。話、聞くわ。詳しくは?」
「今ちょうど“体に空き”があるんだ。そこに君の記憶と心と魂を入れる。その娘として生きるの。少し地味だけど、磨けば光る子だよ。保証する」
「ふん……いいじゃない。若返りなんて。で、対価は?」
「本来なら“魂”って言いたいとこだけど――ボク、人間観察が趣味なんだ。どうなるか見てみたいから、今回は格安でいい」
唇の端を上げ、いたずらっぽく片目をつぶる。
「条件はひとつ。“ボクのことを誰にも言わない”。文書もSNSもだめ。第三者に伝えたら、そのときは――君の魂をもらう」
彼女の声は甘く響きながら、背筋を冷たく撫でていった。
アパートの薄暗いリビング。焼酎のグラスを片手に、彼女は小さく笑った。
「あなた、あれね。これさ……少し不思議、SFよね。F先生の系譜。実は私、F先生派なの」
「いやいや、それさ、どちらかっていうとA先生の領分じゃない?」
ブレザー姿の美少女が、あっけらかんと返す。
「A先生だと……ああ、“夢魔子”の方ね?」
「えっ、そこ攻めるの?“笑ゥせぇるすまん”じゃないの?いや、間違ってはないけどさ」
思わず笑みがこぼれる。
しかし次の瞬間、彼女は真顔で問いを投げた。
「なら、これ裏があるんでしょ。たとえば――彼がDVするとか?借金するとか?
それとも……私が病気になるとか?寿命が来るとか」
少女は肩をすくめる。
「彼について言えば、大丈夫なんじゃない? それに、あの子に先天的な疾患はないよ」
「……本当?」
「病気とか言うけどさ――そもそも、それボクに関係ある? 健康管理まで請け負えっての?」
美少女は苦笑しながら、指先で空をなぞるようにして続ける。
「だいたい平日に浴びるほど酒を飲む人に言われたくないよ。生活習慣、見直してから言ってくれる?」
ぐさり、と胸に刺さる。思わずグラスを置いた。
「それ言ったらさ、明日交通事故にあって死ぬかもしれないのに――ボクが安全を保証しなきゃいけなくなる。
こっちはアフラックじゃないんだよ。そこまで面倒は見きれない」
最後に少女はにやりと笑った。
「――自己責任。嫌なら、やめれば?」
「うん。もし戻れるなら……寿命が短くても、楽しい方がいい」
私は、どこか吹っ切れたように言った。
「でもさ――ほんとに入れ替え先、1軍女子なの?」
悪魔は気まずそうに頬をかく。
「……ごめん。3軍以下です」
「はっ!? ちょっと待って、それ大丈夫? 3軍以下から1軍って……よっぽどじゃないと這い上がれないわよ? もうカースト、がっつり出来上がってるのよ!」
「うーん……わかった。じゃあこうしよう。1軍に上がれるようフォローする。それと――愛しの彼との仲も取り持つ。悪魔として保証する。それでどう?」
一瞬考え込み、それから口角を上げ…
「……まあ、いいか。私もそこから這い上がるの、楽しそうだし。ひとりでもやれる経験と知識はあるのよ。それに、あなたのサポートがあれば……まあ、一か月あれば……」
ふっと真剣な眼差しを悪魔に向ける。
「で――その娘は誰?」
「言えない。それに、別の娘が君の体を使うから……絶対に話しかけちゃダメだよ。もしこのことを話し合ったら――君の魂、もらうから」
「……わかったわよ」
悪魔はにんまり笑った。
「じゃあいくよ~」
「ドーンッ!!!!」
「ぎゃーっ! ……って、あれ? 何も変わらないじゃない」
「うん、やってみたかっただけだからね。二、三日待ってて」
そう言い残し、悪魔は闇に溶けるように姿を消した。
――ほんとうに、これで大丈夫なのだろうか。
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