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乙女ゲーム《胸キュン大恋愛》第一回目のヒロイン  作者: かつおぶし(カクヨムのペンネーム)
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第7話「赤を着たら、ペアルックですね」


 葉が生い茂るクスノキは、下から見上げれば、遠目に見るよりもずっと大きな木だった。

 

「うわあ、おっきい……」


 さいが、目を丸くして感心していると、その横で十羽が、不思議そうな顔をして口を開いた。


「こんなの見て、面白い?下界にはないの?」


「え、下界?あ、私の世界の事ですね。うーん……」


 唐突に聞かれて少し驚いたが、考えを巡らせて答えた。


「えっと、行った事がない都道府県に、あるかないかは分からないですけど、私が住んでる県にはないと思います。こんな大樹、そうそうないから、面白いっていうより、見ていて楽しいです」


 貰った返事に、十羽は圧倒された。


「こんなのが楽しいの!?」 


「はい!!私、木登り好きだし、ちょっと登ってみますね」


 元気に答えて腕捲りを始めた。


「おい、待て!」


 ユトンが慌てて引き留めたが、あっという間に登ってしまった。


「御転婆も、ここまで来ると、清々しいな」


 呆然と仰ぎ見て、深い溜息を吐いた。

 リゾート地へ向かったゴースト夫妻が、実に羨ましい。

 扉の文句は言われたが、弁償はもとより、王家から多額の慰謝料も出すと言ったら、喜び勇んで出掛けたのだ。


 十羽は、軽々と登っていく小さな背を、じっと見つめていたが、祭が最初の枝に辿り着いた時、「面白そうだね」そう言って飛翔した。


 「!!おい、どうする気だ!?」


 ユトンが引き留める間もなく、生き血のように赤い羽を広げて飛んで行った。

 そして、たった一秒と言っても過言ではない早さで、枝に到着したのである。


「え、すごい、飛べるんですか!?」


 のんびりと枝に腰掛けていた祭が、驚きの声を上げて凝視した。


「うん、隣、座っていい?」


「はい!」


 大人が十人以上、余裕で座れる長さの太い枝だった。

 腰掛けると同時に羽を閉じたが、十羽は、横を向けなかった。

 嫌われるのが怖いと思ったのも、生まれて初めてだ。


「その赤い羽」


 祭の言い掛けた言葉を遮って、十羽が喋った。


「あんたの事、ユトンが、御転婆って言ってたよ」


「え、ひどい!自分だって、遅刻魔のくせに!」


 祭が口を尖らせて文句を言うと、十羽は思わず横を向いた。


「遅刻魔って何?」


 聞いた事のない単語だったので、興味をそそられたのだ。


「私が、お化け屋敷に着いた時、いなかったんです。あの意地悪王子、遅刻したんですよ。だから、仕方なく自力で敷地に入ったんです。今思えば、扉を壊したのだって、不可抗力ですよ。背後に森って、熊とか出たら食べられますもんね?」


 自らの過ちを正当化しようと、祭は、一生懸命に力説した。

 その様子を見て、十羽が笑った。


「あはははっ、子供の言い訳だ!」


「一回目から遅刻する王子が、悪いんです」


 顔を赤らめて、祭は訴えた。すると、十羽が、楽しそうな声でからかった。


「あんたみたいな怪力、熊の方が逃げてくよ」


「ちょっ、その言い方、酷くないですか?そこまで怪力じゃありません!」


 二人の楽し気な遣り取りを、ユトンは、黙って聞いていた。

 あんなにも陽気に笑う十羽は、初めて見る。

 ユトンは、十羽と九羽の子供時代を知っていた。それで、止めに入れないのだ。


 「気を許せる相手が、九羽だけだからな」


  実年齢が、七十を過ぎた王子にとっては、生意気な孫のようなものだ。

  笑顔の弾けるさまを見たら、頬が緩む。

  しかし、流石にまずいと思い始めた。


「おーい!降りてこーい!」


 ユトンは、声を張り上げて促した。

 そのルビーアイは、酷く悲し気だったが、固い決意も読み取れた。

 

「はあ……降りないとダメかあ……」


 祭が、溜息を吐いて腰を浮かそうとした時、十羽が、バサッと羽を広げて飛翔した。

 そして、祭に向き合うと両腕を伸ばしたのだ。


「え?どうしたんですか?」


 祭が目を見張ると、十羽は赤面して俯いた。

 そして、消え入りそうな細い声で、ぼそっと言ったのだ。


かかえてあげる」


「えっ、良いんですか?私、重いですよ?」


  驚き過ぎて、祭は声が上擦った。


「それに、お姫様抱っこ」

 

 言い掛けた言葉は、再び十羽に遮られた。


「赤い羽は、気持ち悪い?」


 顔を上げた十羽の瞳は、寂し気に揺らいでいた。

 祭は、急いで首を振って否定した。


「そんなわけないです!!めちゃくちゃカッコいいです!!素敵な色合いで、すっごく綺麗、見惚れちゃいます。さっきも、そう言おうと思ったんですけど。その赤い羽、とっても好きです!私、赤が大好きなんです。今日は、黒の長袖だけど、普段は、赤ですよ。洗濯物が、乾いてなくて。赤を着たら、ペアルックですね」


 散々褒めちぎった後で、はっとした。

 全て本音だったが、最後に、余計な事まで口走ったからだ。


「ペアルックって何?」


 案の定問われて、祭は悩んだ。


(私と十羽さん、友達かな?多分、違うよね。うーん、何て言おう……)


 祭が沈黙して考え込んでいる間、十羽も沈黙していた。


(こんな、血のような赤い羽を素敵な色合いって……綺麗って、初めて言われた……好きなんて言う人、一人もいなかったのに……ねえ、九羽、僕たちの羽、綺麗なんだって……)


ここにはいない兄弟に、胸のうちで、そっと言葉を投げ掛けた。


「あ、あの」


 祭は、熱い決意を胸に声を出した。


「友達同士で、同じ服を着る事なんです。だから、わ、私と友達になって下さい!」


「??なんで?」


 十羽は、急な話についていけないかった。それで、少しをおいて尋ねた。


「ねえ、別に、友達同士じゃなくても、いいよね?同じ服を着れば、いいだけだよね?友達になる意味あるの?」


 聞き終えて、十羽が祭を見ると、しゅんとなっていた。


「??え、何?なんで?」


 祭が項垂れているのを見て、十羽は、びっくりした。 


「そんなに友達になりたいの?」


 十羽にしては珍しく、オロオロした。いや、生まれて初めてうろたえた。

 罪悪感という感情を初めて抱いたのだ。


「あの、ごめんね?」


 謝ったのも初である。謝罪の言葉を聞いて、祭が、ぱっと顔を上げた。


「じゃあ、友達になってくれますか?」

 

 その顔は晴れやかで、喜びに弾んだ声だった。


「はっ、あんたって、ほんと図々しいよね」


 十羽は白い歯を見せて、破顔した。

 肩を揺らして笑った為、赤い羽も一緒に揺れ動いた。


「いいよ。友達になってあげるから、ほら、降りるよ」


「やったあ!」


 祭は、満面の笑みで飛び付いた。まさか、こう来るとは思わなかったので、十羽は、慌てて受け止めた。


「ほんと、予想外の事やらかすよね。御転婆って言われても、しょうがないよ」


 軽く非難されて、祭は、首に回した両腕にグッと力を入れた。


「絞め殺すつもり?」


「違う!私たち、もう友達でしょ?友達は、お姫様抱っこしないの!もう敬語は使わないからね!」


 力いっぱい宣言すると、ぱっと腕を放して、ぴょんと枝に飛び移った。


「は?何してんの?」

 

 十羽が目を見開いて仰天している間に、祭は、するすると降りて行った。

 降りながら一旦止まって右腕を挙げると、いたずらっ子のように、にっと笑った。


 「私が先に着いちゃうよー」


 右手を振って大声で告げると、再び降り始めた。


「予想外どころか、破天荒だよ」


 十羽が下を見ると、ユトンが青い顔をして、心配そうに見上げていた。


「王子さまも苦労が絶えないねえ」


 十羽は、おかしくなってまた笑った。


 本当に先に着いてしまった祭に、ユトンは雷を落とした。


「途中で飛び降りるな!最後まで、伝って降りて来い!十メートル上から飛び降りるバカが、どこにいる!着地に失敗して死んだら、どうするんだ!ゲームの中で死んだら、生き返らないんだぞ!」


 がみがみと怒られて、今度ばかりは、祭も反省した。


「だいたい、何で、十羽と降りて来なかった?」


 ここが一番重要と言わんばかりに責められたので、祭は反論せずにいられなかった。


「だって、そんなの無理です!」


「何が無理なんだ!?」


 ユトンの怒りは、一向におさまらなかった。


「だって、カッコいいから!!」


「は?」


 祭は、顔を真っ赤にして言うと、不服そうに付け加えた。


「王子だったら、背中に乗ってました!好みじゃないから!」


 予想外の返答に、ユトンは愕然とした。


「十羽を好きになったのか?」


 唇を震わせて尋ねると、慌てた声が返ってきた。


「す、好き?ち、違いますよ、友達になっただけです」


 友達と聞いた途端、ユトンは絶望を味わった。 

 九羽にしか心を開かない十羽に、友達ができた。

 本来ならば、大変喜ばしい。その友達が、男であればの話だが。


 「……十羽には、浮雲に帰って貰う」


 怒ったような声を聞いて、祭は、びくっと肩が跳ねた。


「えっ?」


「願いの一つを、それにしろ。一瞬で、願いは叶う」


 雷を落とした時とは比べ物にならないほど険しい瞳が、祭を射抜いた。

 


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