第3話 細いのにチェンジして
「あの、ぶっちゃけ好みじゃないので、攻略対象、変えて貰えませんか?王子のチェンジ、お願いします。出来れば、細いので」
祭が、なるだけ控えめな口調で、厚かましい願いを口に出すと、王子が眉をひそめて言った。
「その言葉、そっくりそのまま返す。おまえのような娘は、こちらも願い下げだが、変更は不能だ。俺は、第二王子ユトン。おまえの名前は、ルイネだ。訳あって、髪の色は、シルバーブルーになっている」
「えっ、あ、ホントだ。髪の毛どころじゃなかったから、今まで気が付かなかった」
祭は、片手に持って確かめた。触ると、ウェーブが掛かって、ふわふわだ。
「これ、ラメですか?所々キラキラして綺麗」
銀色がかった青い髪は、まるで、日を浴びてキラキラ輝く海のようだった。
腰まで届く長さは、先程よじ登っていた時に何となく気付いてはいたが、ヒロインならピンク系だろうと思い込んでいたので、若干驚いた。
「あ、鏡あります?ルイネの顔、見たいんですけど」
「……ぱっちりした二重瞼だ。エメラルド色の大きな瞳で、眉は整ってる。鼻は高すぎず、低すぎない。唇は淡い桜色だ。これで満足だろ」
ルビーのような赤い瞳で、ぎろりと睨まれたが、知ったこっちゃない。
「うわ、手鏡も出してくれないんですか。口頭説明とか、不親切極まりない王子さまですね。じゃあ、もういいですよ。さっさと終わらせましょう。願いを五つ叶えて貰ったら、神社に戻れるんですよね。えーと、一つ目は」
祭が、右手の指を折り曲げ数えようとした時、ユトンが、不機嫌な声を出した。
「おい!何で知ってる?まだ何も説明してないぞ」
「ああ、肖像画の皆さんに聞いたんですよ。それで、願いは」
さらりと答えた祭を、ユトンは穴があくほど見た。
「なぜ中に入れた?ゴースト子爵が、招き入れたのか?ミイラ警備員たちは休暇をとって、棺桶で安眠中だ。シナリオでは、既にペットの吸血コウモリたちを連れてリゾート地へ出掛けている。骸骨執事たちとメイドは全員休みを貰って、墓地の中に里帰りしている筈だが、一体誰が門を開けた!?」
「え、そうなんですか?普通に、いましたよ。あ、忘れ物があって戻ったとか?吸血コウモリは見てません。中には、えーと、鉄柵をよじ登って、扉を蹴とばして入りました。ベルが見つからなかったんです。一応、『ごめんくださいと、ごめんなさい』って言ったんですけど、ゴースト夫人に、怒られました」
何の反省もなく、あっけらかんと白状した第一回目のヒロインを凝視して、ユトンは、しばし呆然とした。
(この、頭がイカれた娘は何だ。本当に、氏神様が選んだ娘なのか?)
ユトンが黙りこくっている間に、祭は願いを決めてしまった。
「あ、それじゃ、一つ目ですけど。私、ドレスは着たくないので、それが願いという事で、お願いします」
ぺこりと頭を下げた祭を見つめて、ユトンは悟った。
「ああ、あいつらから聞いたのか。ヒロインは、ドレス着用が必須だ」
「はい。肖像画の皆さん、親切でしたよ。色んな情報を下さいましたから。
というわけで、私、妖魔の子供たちに会ってみたいです。この乙女ゲーム、もとは、妖魔討伐ゲームなんですよね?今も、妖魔がいるんでしょ?」
ちょっとやそっとで言い包められる相手でない事は、火を見るよりも明らかだ。
キラキラと輝く、エメラルド色の両目を見れば、すぐに分かる。
ユトンは、頭が痛かった。
「分かった。ドレス着用は必須だが、この際どうでもいい。さっさと終わらせるぞ」
ユトンは、最初の匙を投げた。
「二つ目の願いは、妖魔の子供たちに会いたいで良いんだな?まあ、子供なら、それほど害もないだろう。だが、子供相手に何をする気だ?一緒に遊ぶのか?」
訝しむユトンを見て、祭は溜息を吐いた。
「はあ、バカですか?遊ぶわけないでしょ?私、地域のボランティアで、託児所で絵本の読み聞かせをする事になってるんです。その予行演習がしたいのと、妖魔に会いたいのを組み合わせた願い事ですよ。分かります?」
祭が、心底バカにしたように眉根を寄せたので、ユトンは大人気もなく言い返した。
「バカは、おまえだ!良識ある人間は、そんな物騒な考えは起こさない。第一、恋愛はどうした、妖魔に会いに来たのか?」
最後の問いは嫌味だったが、祭にしてみれば事実だったので目を丸くした。
「どうして分かったんですか?もしかして、王子は、エスパー!?」
「は?」
ユトンが、ぽかんと口を開けたので、祭は不服そうな顔をして、咎めるように捲し立てた。
「氏神さまが、間違えたんです!!大恋愛を願ったのも、五百円を入れたのも、私の友人の太鼓です。『私の願いが叶いますようにって、一生懸命願ってね』ってお願いされたけど、そんなの嫌だったから、『どうせなら、妖魔討伐ゲームに入りたいです。氏神さま、どうぞよろしくお願いします』って願掛けしたんです。太鼓なんて、 『乙女ゲームにあやかって、大恋愛がしたいです。氏神さま、どうぞよろしくお願いします!』って、わざわざ声に出してまで願ったのに、間違われたんですよ?こんな間違いがあって良いんですか?」
祭が、一息入れた時、ユトンは、ようやく開いた口が塞がった。
「今の説明で、全部納得がいった。おまえが祈願した神社の氏神様は、おっちょこちょいだな」
「ちょっと!神様バカにしたら、罰が当たりますよ!おっちょこちょいだなんて、そんな可愛らしい単語を使ったってダメですから!間違いは、誰にだってあります!」
祭が憤慨すると、ユトンは呆れたように言った。
「間違いと言い切るほうが、失礼だろ。ずばり言って、初回から、大失敗をなされたわけだ」
「ちょっと!その言い方、罰当たりですよ!!とにかく、私は、一刻も早く帰りたいんです。願いを叶えて下さい」
「あー、分かった分かった。妖魔を出せばいいんだな。一匹でいいな?」
ユトンが苦笑して聞くと、祭は驚いたように声を上げた。
「バカですか!?託児所で読み聞かせって、言ったでしょ?最低でも、五人いります!」
「五匹だ、バカ娘!」
ユトンも声を上げて噛み付いた。
「多ければいいってもんじゃない!一匹で十分だ!」
「私の願い事なんだから、五人でいいでしょ?」
祭が、眉を吊り上げた時、後ろから声が掛かった。
「ねえ、あんたが影のヒロイン?」
祭とユトンが一斉に振り向くと、そこには、驚くほど美しい男が立っていた。
祭が思うに、令嬢より可愛い。童顔だが、色白で細身、身長は185cmくらいだった。
短い髪は、ブロンドで、さらさらだ。まさに、タイプである。
二重の大きな瞳は、初めて見るゴールドブルーだ。
祭は、勢いよく振り返って、ユトンに告げた。
「チェンジで!!」
「するわけないだろ!!」
ユトンの怒鳴り声が、辺りに響いた。