第1話 乙女ゲーム《胸キュン大恋愛》第一回目のヒロイン; 願掛けをしたら、友人の願い事と間違われました
昔から、神主のおじいちゃんと仲が良かった ―― 八尺神社は、地元の小さな神社で、普段もお参りは出来るが、手水舎の水は止めてある。
節約らしい。
木の柄杓は置いたままなので、片手に持てば恰好だけは清められるが、お参りに来た人を見掛けた事はない。
四季折々のお祭りや行事が来ると、神主のおじいちゃんが、張り切って務めを果たす。賑わうのは、そういう時と、お正月の三箇日だ。それだから、参拝客は珍しい。
その日、赤い鳥居をくぐったのは、大学でできた友人である。
鳥居から賽銭箱までの距離は二十メートルほどだが、運動が苦手な友人には、キツかったようだ。
息を弾ませながら、やって来た。
「やっぱり、ここにいた!絶対ここだと思ったの!」
(デニムで良かったね)思わず心の中で突っ込んだ。
走ると大抵こけるのだ。その為、スニーカーの他は履けないらしい。
祭は、以前、自分と色違いのパンプスを進めた。
「ほら、ぺたんこでしょ?私のは黒だから、無難な白にしたら?」
しかし、太鼓は悲しそうに首を振ったのだ。
「こけた時に、足指を守ってくれるには弱いから」
「そんなに転ぶの?」
「うん」
この会話で、祭は諦めたのだ。
「よく、ここが分かったね」
太鼓は、長い解れ髪を掻き揚げ、ぜいぜい言いながら呼吸を整えていた。
額の汗をハンカチで拭っているが、今は九月も下旬だ。
残暑は厳しいが、祭でさえ、黒の長袖シャツに緑のレギンスを履いている。
太鼓が、極度の暑がりなのは知っているが、半袖ノースリーブは、いかがなものか、白なので若干透けていた。
「女子大で良かったね。後で、上着貸すよ。水色のカーディガン、鞄に入れてるから。それと、そんなにゴシゴシ拭いたら、メイク落ちるよ」
祭が気遣うと、太鼓が、ニコニコして言った。
「大丈夫、スッピンだから」
「美人って得だよね。化粧いらないもんね」
祭は、肩を落として、肩先の髪の毛を指でクルクルといじった。
「私は太鼓と違って、つけ睫毛は必須だし、アイラインを引かない日はないよ。鼻の形も綺麗じゃないしさァ」
「えー!祭も、スッピン可愛いじゃん!」
「はああ!?本気で言ってる!?」
祭が眉根を寄せると、真剣な顔つきで太鼓が頷いた。
「この前の豪雨で、びっしょりになった時、ちゃんと見たから!超絶、可愛かった!」
「そんなわけないでしょ!バカ言わないで!」
祭は、顔を真っ赤にして背を向けた。
「そんな事より、何か用があるんでしょ?何しに来たの?」
「あ、そうだ!忘れる所だった。あのね、願掛けしに来たの」
弾んだ声に、祭は、ぱっと振り返った。
「願掛け?」
意外な理由だったので、祭は、驚いて聞き返した。
「何で願掛けしに来たの?」
「うん、実は、大恋愛したいな~って思って」
恥ずかしそうに話す友人を見つめて、祭は、ポカンとした。
「あのね、最近、乙女ゲームに嵌まっちゃって、素敵な恋がしたいな~って」
「……シスターになりたいって夢は、どうなったの?」
「あ、うん、やめた」
太鼓は、あっさり認めると、グッチの茶色い鞄から、ヴィトンの長財布を取り出した。そして、財布を開いて呟いた。
「五百円玉でいいかな?銀行で引いて来るの忘れちゃった」
「やめたって、そんなあっさり……高校の頃からの夢だったんでしょ?」
祭は、呆れた顔つきで太鼓を見たが、さらりとかわされた。
「より素敵な夢を見つけたら、変えていいんだよ」
鼻歌を歌いながら、賽銭箱に向き直った。
そして、図々しい事に、祭まで巻き込んだ。
「あ、祭も一緒に願ってよ。私の願いが叶いますようにって、一生懸命願ってね」
「……分かった」
祭は、仕方なく賽銭箱に百円玉を放った。
右ポケットを探ったら、百円しか入っていなかったのだ。
鞄は、神主のおじいちゃん家に置いてある。
家は、すぐ裏手だが、取りに行くのが面倒だった。
『乙女ゲームにあやかって、大恋愛がしたいです。氏神さま、どうぞよろしくお願いします!』
声に出して願った太鼓の隣で、心の中で願った。
『どうせなら、妖魔討伐ゲームに入りたいです。氏神さま、どうぞよろしくお願いします』
祭が、二拝二拍手一拝して顔を上げた時、賽銭箱は消えていた。
「え?」
目の前にあったのは、西洋風の途轍もなく大きい屋敷で、見るからに不気味な、そう、まるでお化け屋敷のようだった。
高い鉄柵の向こう側に、数多の墓地が見える。
「あれって、外国のお墓よね?」
ふと、肌に違和感を感じて目を落とすと、左手の甲に、白いおみくじが乗っていた。
「何これ?」
恐る恐る右手の人差し指と親指で摘まみ上げると、朱色で書かれた『おみくじ』という字が突然消えて、代わりにピンク色の文が、ぱっと浮かび上がった。
『百円玉の分、叶えます。影のヒロインで、大恋愛して下さい』
「えええっ!?氏神さま、間違えてます!!大恋愛を願ったのも、五百円入れたのも、太鼓の方です!!」
大声で叫んで周囲を見渡したが、背後にあるのは森だけで、人っ子一人いない。
左ポケットから黒いスマホを取り出すと、やはり県外だ。
「あーあ」
祭は、しょんぼりして呟いた。
「神主のおばあちゃんの手作りおはぎ、食べそびれた……」