第二話「猫と母と、ひと口の後悔」
――なんか、今日の朝は静かだ。
休日の空気って、こういうのを言うんだろうな。
目を覚ましたのは、昼少し前だった。
窓から差し込む光が心地よくて、布団のぬくもりがやけに離れがたい。
「……なんで休みの日の布団って、こんな気持ちいいんだよ」
半分寝たままスマホに手を伸ばしたタイミングで、着信が鳴った。
――母。
なんてタイミング。寝起きのぼんやりした頭で通話ボタンを押す。
「もしもし」
『あ、起きてた? ちょっと頼みがあって』
「なに」
『今日から一泊で、友達と旅行行ってくるの。あんた暇でしょ? 家の猫、見に来てくれない?』
「は?」
『餌と水と、トイレだけお願い。ほんとそれだけでいいから』
「なんで俺が」
『だって近いじゃん。あの子、放っとくと餌皿ひっくり返すし、洗濯物の上で寝るし』
「知らんし」
『まーたその言い方。あんた、昔からそういうとこあるよね。頼られるの嫌いでしょ』
「いやいや意味わかんねーよ」
『図星だった?』
「……は? 今旅行で浮かれてんのか知らないけどさ、人の性格いちいち掘り返して分析してくんなよ」
『別に責めてるわけじゃないんだけど』
「……もういい。行けばいいんでしょ、猫の世話くらい」
『……ありがと。ごめんね、急に。チビによろしく』
「チビって名前、まだ使ってんの?」
『うん。“チビ”でしょ、あの子は。小さいころからずっとそうなんだから』
ほんとに、変わらない人だ。
口では「ありがと」って言ってたけど、どうも言い方が引っかかって、モヤモヤが胸に残る。
通話を切ったあと、スマホを枕に放って、しばらく天井を見ていた。
……言いすぎたかも。
怒鳴ったわけじゃない。普通の会話だった。
でも、あの人がちょっとだけ寂しそうに笑ったのが、妙に残ってる。
帰ってきたら、少し謝るか。
ついでに、あの神社――“龍三辻”にも行ってみよう。
昨日ふと思い出した、ばあちゃんとの記憶。
「……猫の世話ついでに行ってみるか」
淹れたてのコーヒーをひと口。
苦味と香りが、さっきまでの夢の名残を吹き飛ばすようだった。