第1話「龍の通る道」
昔訪れたある神社をふと思い出したところから始まる、少し不思議な連休の物語を書き始めました。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
俺がまだ小さかった頃、祖母と一緒にある観光地を訪れたことがある。
場所の名前も、どうやって行ったのかも思い出せない。
けれど、今でもはっきりと耳に残っている。
――「ここはね、“龍の通る道”なんだよ」
ばあちゃんがそう言っていた。
あれから十五年。俺はその言葉だけを手がかりに、忘れていた場所をふと思い出した。
「明日から四連休か。……でも、平日なんだよな」
珍しくもらえた連休。
だけど周りはカレンダー通り。みんな土日休みで、遊ぶ相手もいない。
「せっかくの連休だけど、まあゲームでもして過ごすか」
そんなふうに考えながら、俺は今日の仕事に区切りをつけて、定時で職場を後にした。
そういえば、最近出た新作のゲームがあった。
“田舎の神社”が舞台で、雰囲気が抜群にいいって話題になってる。
PVを見たとき、なんだかやたら心がざわついたのを覚えている。
あの静けさ。木漏れ日。誰もいない参道。
「あー……こういうの、めっちゃ刺さるわ」
そのときふと、頭の奥にしまい込んでいた記憶がノイズのように蘇った。
――そういえば、昔。ばあちゃんに連れてってもらった神社があった。
森の奥。石段の上。空が裂けるように明るかった。
場所は……どこだったんだっけ。
「母さんに聞いてみるか」
小さなきっかけだった。
でも、その一歩が、俺を“あの道”へと連れ戻すことになるとは、このときの俺はまだ知らない。
帰宅して、いつものようにシャワーを浴びてから冷凍パスタをレンジに突っ込む。
明日からの休みをどう過ごすか、結局まだ決められてなかった。
ビールのプルタブを引いて、ソファに沈み込みながらスマホをいじる。
そのとき、ふと頭に浮かんだのは、さっきの神社のことだった。
――ばあちゃんと行った場所。龍が通る道。
なんであんなに印象に残ってるんだろう。
パスタが温まる音を聞きながら、母の番号をタップする。
食いながらでも、ちょっと聞いてみよう。そう思った。
「もしもし?」
「おー、今大丈夫?」
「うん? どうしたの、急に」
「あのさ、昔ばあちゃんと一緒にどっか神社行ったことなかったっけ?」
「あー……あったね、あれでしょ? “龍三辻”」
「え、それ覚えてたんだ」
「そりゃ覚えてるわよ。ばあちゃん結構気に入ってたもん、あそこ」
「なんか森ん中にあってさ。石段とか、鳥居とか、やたら雰囲気あったのだけは覚えてる」
「そうそう、ちょっとした観光地だったんだよ。もうだいぶ前だけど」
「今もある?」
「どうだろ。人はもう行ってないと思うけど、場所はあるんじゃない? 一応観光地扱いはされてるはずよ」
言われて検索してみると、“龍三辻”の名前はたしかに出てきた。
けれど、地図のピンはざっくりとしか示されておらず、画像も記事も、数年前のものが1件あるだけだった。
口コミはゼロ。
「なんか、情報ほぼ出てこないな」
「まぁ、そういう場所だったしね。観光地っていっても、ほぼ地元の人しか知らなかったし」
「行こうと思ってんの?」
「うん、ちょっと気になって」
「ふーん。まあ、車なら行けると思うよ。ばあちゃんのときは山道の途中で少し歩いた気がする」
母の声は、どこまでも普通だった。
特別な思い出じゃないけど、ちゃんと覚えている。そんな感じ。
「ばあちゃん、あの神社のこと“龍が通る道”って言ってたよな」
「あー……言ってたかもね。あの人、そういうの好きだったから」
俺が気にしていた“あの言葉”も、母にとってはちょっとした冗談のような記憶だった。
でも、俺には妙に引っかかって仕方がない。
「……明後日、行ってみるわ」
「気をつけてね。ナビに出ないかもだから、道調べてから行きなさいよ」
「うん、ありがとう」
電話を切って、もう一度スマホを見つめる。
――龍三辻。
確かにあったはずの、でも忘れ去られかけている場所。
俺が子供の頃にばあちゃんと歩いた道は、今もまだ、あそこにあるんだろうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
主人公の連休は、まだ始まったばかり。
懐かしい場所を訪れたことが、少しずつ日常を変えていくきっかけになります。
ゆっくりペースの更新になりますが、よかったら続きもよろしくお願いします!