第8話 “分けない仕組み”って、自分で作らなあかん
朝、灯はひとりで家を出た。
ルーターを手に、いつもより少し早く公民館へ向かう。
昨日の竹中さんの言葉が、ずっと頭に残っていた。
「ワシらはスマホ持ってないし、そんなモンなくても暮らせるわい」
――でも、心の奥には、自分たちが“切り離されている”という痛みが確かにあった。
灯は、公民館の掲示板の前にルーターを置き、
その下に、小さな手書きのメモを貼った。
> 「Wi-Fi使えます。分からないことは、気軽に声をかけてください」
カウンターで働く地域支援員の**佐々木さん(40代・女性)**がそれを見て、声をかけてきた。
「あなたが書いたの?」
「はい。……使える人が使うんじゃなくて、使いたい人が使えるようにしたいだけです」
佐々木さんはしばらく黙って、少しだけ笑った。
「……そういうのって、案外、大事なことよ」
午後、村の子どもたちが公民館に遊びに来た。
灯はルーターを横に置いて、一緒に折り紙をしていた。
すると、小学校低学年くらいの女の子が話しかけてきた。
「おねえちゃん、これでYouTube見られるん?」
「うん。でも今日は、それより星の折り方教えたげるわ」
女の子はちょっと残念そうにしながらも、うれしそうに折り紙を広げた。
その様子を、廊下の向こうから見ていたのは――竹中さんだった。
無言のまま、その場を通り過ぎる。
夜。
灯が帰宅すると、葵と千尋が夕飯の支度をしていた。
今日はレトルトじゃなく、スーパーで買った肉と野菜ですき焼き風炒め煮。
「おかえり、なんかあった?」
「……ちょっと、Wi-Fiの使い方、変えてみた」
「怒られた?」
「怒られてない。でも、黙って通り過ぎられた」
「それは……うん、キツいな」
葵が笑った。
千尋は、箸を揃えながらぽつりと言った。
「でも、たぶん、“無言で通り過ぎた”ってのは、“無視じゃない”よ。
“見た”ってことやから」
灯は、それを聞いて初めて、今日一日の疲れをふっと吐き出したように見えた。
「“分けない仕組み”ってな……たぶん、勝手にやるもんなんよ。
制度にしようとすると、また線が引かれるから。
けど、“勝手にやってる人がいる”ってことは、案外伝わるんやと思う」
次回予告(第9話)
空き家巡りの再開。今度は“暮らす人”ではなく、“思い出が残ってる人”との接触。
「壊したくない理由」は、時に再生を拒む――三人は“記憶の重さ”に触れる。