第7話 電波が届いた日、“つながり”と“境界線”が浮かび上がる
「届いた〜〜〜!神か?」
その朝、役場から貸与された**モバイルWi-Fiルーター(英雄社製)**が家に届いた。
真っ白なルーターは、充電を終えると、ひときわ明るく青く点滅した。
「……4G、フルで入ってるやん!」
「さすが英雄社。さすが役場の推奨回線」
3人のスマホが、数日ぶりにLINEとSNSの通知音を鳴らし始めた。
画面の中で、東京の友人たちは変わらぬ日常を生きている。
「ちょっと泣きそう……文明や……」
葵がスマホを抱きしめた。
灯は無言でルーターの設定を確認し、台所の棚の上に設置した。
「ルーター、持ち出せるし……公民館でも使えるんちゃう?」
その日、3人はWi-Fiを手に公民館へ行った。
役場から「村内の施設なら持ち出しOK」と言われていた。
午後、葵はSNSにこう投稿した。
> 「水沢村でもWi-Fi使えるようになった!電波は英雄社だけだけど、助かる〜」
それを見たのは、村の若い主婦・**岡本あゆみ(30代前半)**だった。
夕方、公民館に立ち寄ったあゆみさんが、声をかけてきた。
「あの、Wi-Fiって……今ここに繋がってます?」
「うん、ルーター持ってきてるし、シェアしますか?」
葵がパスワードを伝えると、あゆみのスマホが通知を一気に吐き出した。
「うわ、助かる……!うちの家、圏外で……。役場のこの回線しか入らんのよね……」
その会話を、廊下の奥で聞いていたのが、70代の男性・竹中さんだった。
「なんや、またそうやって若いもんだけで秘密の電波やるんか」
静かに、でも重く。
「ワシらはスマホ持ってないし、そんなモンなくても暮らせるわい。
でも、村ん中で“使える人間”と“使えん人間”に分けられたら、それが分断になるんやぞ」
誰も言い返せなかった。
けれど、それは彼らにとって“思いがけず起きた現実”だった。
夜。3人は家で話し合った。
「うちら、別に特別なことしようと思ってたわけちゃうけどな」
「でも、“電波”っていうインフラを持ち出すって、すごいことなんやな」
千尋が言った。
「つながれるってことは、逆に“つながれない人”を際立たせるんよな」
「Wi-Fiって、思ったより“線引き”を作るもんなんやな」
灯は、ルーターを見ていた。
「それでも、うちは使い続けるよ。でも……もうちょい、配慮はする」
電波は、届いた。
けれど、その波が届いたことで、村の中に境界線がひとつ、可視化された。
次回予告(第8話)
公民館の電波事件をきっかけに、灯が村の中でひとりで動き始める。
「“分けない仕組み”って、自分で作るしかないんや」――次なる動きの芽が生まれる。