第6話 怒られ慣れてるわけやない。ただ、諦めてるだけや
「……なんで、あんた、そんなに怒られ慣れてんの?」
帰り道。坂を下りながら、葵がぽつりと灯に聞いた。
葵の声は、ちょっと投げやりで、ちょっと弱々しかった。
「うちは、なんか言われたらすぐ顔に出るし、言い返したくなるし……。
でも、灯って、ぜんっぜん動じてへんやん。無敵かよ」
灯は答えなかった。
しばらく歩いて、村の公民館の裏手にある林道に入った。
そこに、古びた木製のベンチがぽつんと置かれていた。
灯はそのベンチに座って、空を見上げた。
蝉の声が、まだ暑苦しいくらいに響いていた。
「……怒られ慣れてるんやない。
ただ、怒られても、“うちやから”って思うだけや」
葵は隣に座った。
千尋も、ちょっとだけ距離をとって、石段に腰かける。
「うちは、ずっと実家が農家やった。
手伝いばっかりやし、感謝されるより、“やって当然”って言われることの方が多かった。
誰かに褒められることなんか、ほとんどなかった」
灯の声は、いつもよりほんの少しだけ熱を帯びていた。
「でもな、農業って、褒められんでも、野菜は育つんよ。
それだけで、なんか、十分な気がしてきた。
せやから、“ありがとう”とか、“評価”とか、あんまり期待せんようになった」
沈黙が流れる。
葵は、自分の手のひらを見つめていた。
「うちは、評価されたいって思ってた。
“都会の子が、こんな田舎で頑張ってる”って、言われたかった。
でも、なんか、そういうのって……違うんやなって思った」
千尋がゆっくりと立ち上がった。
「うちら、たぶん、“評価されたい人間”と、“評価されることに慣れてない人間”と、
“そもそも評価する制度に疑問ある人間”の集まりやな」
灯が少しだけ笑った。
「……三人ともズレてるんやな」
でも、そのズレが、少しだけ心地よくなっていた。
次回予告(第7話)
モバイルWi-Fiが届いた日、灯がネット接続を他の村人にシェアする。
「電波が入る」ことが、村の中に生まれる“つながり”と“分断”を浮かび上がらせる――。