第49話「三人、また“場”に集う」
縁側に、三人の靴が並ぶのはいつぶりだっただろう。
灯が静かにコーヒーを淹れている横で、千尋がノートを開き、
葵は丸椅子に座って、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「……やっと、来れたわ。」
「来てくれて、ありがとう。」
「いや、ほんま。やっと、って感じ。」
春の陽射しがやわらかく入り込む。
窓を少し開けて、空気を入れ替えると、どこからか草の匂いがした。
「制度ノート、最終チェックだけお願い。誤字脱字、あと“この感じ違う”とかあったら。」
千尋が、綴じたばかりのファイルを差し出す。
「……わぁ。ほんまに“本”みたいやな。」
葵がページをめくると、見慣れた景色の写真が挿し込まれていた。
夕暮れの縁側、掃除中のカフェ、畑の小道。
「あ、この写真……!」
「灯が送ってくれたやつ。」
3人の言葉は多くない。でも、重なり方が変わっていた。
制度の“共有”ではなく、それぞれが持ち帰った“暮らし”を持ち寄っている、そんな感覚。
「カフェの名前、決まったん?」
「うん……“灯’sカフェ”にする予定。
ひらがなで“ともす”でもええかもしれんけど。」
「そっか、あんたの名前やもんな。」
葵は微笑んで言う。
「でも、それ以上に……“火を灯す”って感じやな。あんたに合ってる。」
「……うん。」
灯は少し照れながらも、ちゃんと頷いた。
「葵ちゃんは?」
と千尋が言うと、葵はちょっとだけ間を置いてから言った。
「内定は、出した。提出したよ。……たぶん、ちゃんとやっていけると思う。」
「おぉ……!」
「でもさ、“好き”は残すって決めたんや。
本業で無理やったら、何か別の形でも。イベントでも手伝いでも。」
その言葉に、灯はふっと表情を緩める。
「そっちの方が、葵ちゃんっぽい。」
「千尋ちゃんは?」
「……私は、記録魔になろうかなと思って。」
「魔……?」
「もう、自分でも思うねん。日記もメモも、なんでこんなに書いてしまうんやろって。
でもそれ、止めたくないなって気づいたから。
“覚えてる人”でいたいの、多分。」
しばらくの沈黙。
でも、縁側に漂う空気はどこか、やさしい。
「なぁ、灯ちゃん。」
葵が声を上げる。
「ここ、ほんまに“開く”んやな。」
「うん。来月、小さくプレオープンする予定。まだメニューも曖昧やけど。」
「なら……」
葵は窓の外を見て言った。
「その日、空けとく。来るわ、うち。」
灯は笑った。
「ありがとう。」
千尋は、膝の上のノートをそっと閉じた。
「……制度は終わったけど、わたしたちはまだ、同じ時間に座れるんやな。
それが書きたかったんかもしれへん。」
空気が澄んでいた。
遠くで鶯が鳴いていた。
この回は、制度という大きな枠組みを越えて、
“再び三人が自分の意思で集う”ことの意味を描いた話です。
冒頭、縁側に並ぶ三人の靴――
それはかつて制度によって置かれたものではなく、
今はそれぞれの人生の時間が、自然に交差している証です。
この話では、
灯は「誰かのため」ではなく「自分の暮らしとしてカフェを開く」ことを言葉にし、
葵は“内定”という社会的選択と、“好き”を持ち続けたい自分の間で、バランスを取りながら進むことを決め、
千尋は「記録魔になる」と宣言することで、自分のあり方を肯定しました。
それぞれが、制度の中で「見つけた」わけではなく、
制度の“あと”を自分で選んだという一歩を踏み出しています。
本当の“実習”は、制度の終わりから始まるのかもしれません。
そしてそれは、誰かに評価されるためではなく――
「誰かの暮らしに、ふっと寄り添えるように」
そんな小さな火を持ち続けようとする姿なのだと思います。




