第4話 “ありがとう”がもらえない仕事って、やる意味ある?
「空き家再利用プラン……って、これ出してもなんも反応ないん?」
役場の地域連携課に提出した報告用紙を手に、葵がぽつりと漏らした。
前日に三人でまとめた空き家の現状と再生案――
玄関の崩れ、風呂の欠損、キッチンの改修見込み、水道管の劣化予測など――を丁寧に記入した。
「読みましたよ。ありがとうございます」
高梨さんはにこやかに言った。
「大学への報告用にデータ化しておきます。村からの評価は特に……ありませんけどね」
「え、なんもないんですか」
「実習ですから。“ありがとう”を期待されると、ちょっと困りますね」
「いや別に、見返り欲しいとかじゃないけど……」
葵の言葉が少し濁った。
灯は黙っていた。
千尋は、役場を出たあとにポツリと口を開いた。
「“成果”が見えにくいからこそ、感謝の言葉にすがりたくなるんよな」
「うん。でも、それすらもらえない仕事って、空しくない?」
午後。三人は再び、村の中を歩いていた。
その途中、小さな畑のそばで70代の男性・森口さんが草むしりをしているのを見つけた。
「こんにちはー。ここ、通っても大丈夫ですか?」
灯が声をかけると、森口さんは顔を上げた。
しばらく見つめたあと、こう言った。
「おー、例の“若い衆”か。ええよ通りな。ほな、草むしり手伝うか?」
「……え?」
葵と千尋が目を丸くする中、灯は迷わずしゃがんだ。
「ここの草、地味やけど、放っとくとキジが卵産んでまうんや」
「……キジ?」
「ほっとくと、動かせんようになるからのぉ」
30分後、三人は一緒に汗をかいて草を抜いた。
何かを評価されたわけでもなく、役割を与えられたわけでもない。
作業が終わると、森口さんは、タオルで額をぬぐいながら言った。
「……まぁ、手伝ってくれて、ありがとな」
それは、紙にも記録されない。
けれど、その“ありがとう”は、さっき役場でもらえなかったものより、
ずっと重く感じた。
次回予告(第5話)
小さな信頼とすれ違い。“やってあげた”と“勝手にされた”の境界線。
千尋の冷静な視線が、一つの衝突を引き寄せる――。