第44話「三人、制度ノートを考える」
日曜の午後。
大学の学食は営業しておらず、空調が止まった空間には少し湿気がこもっていた。
葵が缶コーヒーを2本持って現れた。
「はい、灯ちゃん。ブラックと微糖どっち?」
「微糖で……っていうか、うち、缶コーヒー買ったことないわ」
「まじか。意外と庶民派やねんで、葵ちゃん」
「その“ちゃん”つけるノリ、やめて(笑)」
3人が集まるのは久しぶりだった。
制度報告書の提出も終わり、それぞれの生活に戻ってから2週間。
灯は村に何度か足を運びながら空き家の清掃を進めていた。
葵はバイトと就活を並行している。
千尋はゼミに追われつつ、自分なりに制度を“終わらせる”作業を進めていた。
その中で千尋がぽつりと提案した。
「うちらさ、“制度ノート”作らん?」
「制度ノート?」
葵がストローをくわえたまま、眉を上げる。
「うん。実習のこと、うちら3人の視点で。次の実習生とか、興味ある人に読んでもらえるようなやつ」
「へー……真面目」
灯が言った。
「でも、それ、ちょっといいかも。
制度そのものより、“暮らしの途中”を渡せる方がリアルかも」
3人はスマホを取り出し、それぞれ実習中に撮った写真を見せ合った。
縁側の風景、夜の懇親会の鍋、アイスの試作、壊れかけの風呂釜、村の案内板――。
「こういうのって、公式には載らんけど、大事やった気がする」
葵が言う。
「“制度”って、なんか表の顔だけで終わる感じあるやん。
でも実際は、風呂の薪が湿ってたとか、Wi-Fiが圏外とか、
“そういうこと”の積み重ねやった」
「それでちょっとだけ笑ったり、ムカついたりして……」
灯が笑った。
「そんで、なんやかんやで次の日も一緒に朝ごはん食べてたって感じ」
千尋は静かに言った。
「そういうの、誰かが残さないと、制度って空っぽになるんかもって思った」
葵がふと、スマホを置いて言った。
「さ、“制度ノート”って、どんな形がいいと思う? PDFとか?」
灯が首をかしげる。
「“ZINE”ってあるやん、個人冊子みたいなやつ。A5でページ数少なくて、手作り感あるやつ。
それ、ええんちゃう?」
「それめっちゃいい!」
千尋がメモ帳を開き、項目を書き出していく。
・実習中の写真とコメント
・日記形式の体験記(3人それぞれ)
・制度Q&A
・村の地図とスポット紹介
・“制度の外でどうなったか”レポート
「これ、うちらだけじゃなくて、来年の人にも参加してもらえたら面白そうやん」
「年ごとに冊子が増えてくん、ちょっとロマンある」
「制度の“生きた記録”って感じする」
3人は頷き合った。
思いつきから始まった会話が、次第に本気味を帯びていく。
千尋がふと、少し真面目な表情で言った。
「うちらが制度を“終えた”っていう感覚って、多分、報告書書いたからじゃないと思う」
「うちらで、“自分の言葉にしたから”やと思う」
灯と葵も、静かに頷いた。
「じゃあ、その“言葉”を残そっか」
その夜、千尋はノートパソコンを開き、ファイルを作った。
ファイル名は、「制度ノート_2025」。
表紙には、3人で撮った唯一の集合写真を配置した。
この回では、3人が“制度の記録者”になる決意を共有する時間を描きました。
「制度を受けた」だけで終わらず、
「制度を超えて、“自分たちの声”を渡す」姿が形になり始めました。
制度は通過点。そのあとの言葉を残すことで、物語は少しずつ次の人に受け継がれていきます。




