第42話「葵、“仕事”と“好き”のあいだで」
「アイスカフェラテ、Lサイズ、入りまーす!」
高森葵は、いつものように注文を読み上げ、タンブラーに手を伸ばした。
都心のカフェは午後でも忙しく、次々とオーダーが飛び込んでくる。
それに反応するように、手と口が自動で動く。
「カフェモカ、スチームミルク多め、お願いします」
客の顔は見えない。
見ているのはタブレットの注文画面と、コップの並び。
そのことに、ふとした瞬間に「空っぽやな」と思うことがあった。
(これが“仕事”なんやろか)
葵はバリスタの手順をこなす傍らで、ふと、胸の奥がザラつくのを感じていた。
効率的で、失敗も少ない。だけど、自分がここで“何をしてるか”は、時々見えなくなる。
その日の休憩時間。
スタッフルームでスマホを見ていたバイト仲間が、画面をこちらに向けて言った。
「これさ、見たことあるんやけど……もしかして、葵ちゃん?」
「え?」
画面に映っていたのは、数か月前に葵が投稿した“アイスの写真”。
縁側の上に置かれた、手作りのフルーツアイス。
日差しが溶かす寸前、スプーンは置かれていない。
投稿の本文は、いまでも記憶している。
> 「おばあちゃんと一緒に作ったアイス。
材料は庭の果物と、冷凍庫の氷だけ。
でも、東京のどんなスイーツより、甘かった。」
#夏の記憶 #ばあちゃんの味 #縁側アイス
「なんかさ、これ、前SNSで見て、めっちゃエモかったんよ。
保存してて、今もたまに見返してる」
葵はちょっと驚いて、笑った。
「そんな人、おるんや……」
「おるよ。“あの頃に戻りたい”って気持ちになるんよな。
これ、誰が撮ったんかなって、ずっと思ってた」
「うち、やで」
「あ、マジで!? 本物……!」
葵は、モニター越しに誰かが共感してくれていたことを、改めて実感した。
過去の投稿でも、こうして、残ってることがあるんやな――と。
(忘れたふりしてたけど、あれ、やっぱり大事やったんかもしれん)
帰り道、電車に揺られながら、葵はスマホで「地域×スイーツ」みたいな記事を検索した。
イベント、地域商材、クラファン。
どれも現実味がない。でも、なぜか離れがたい。
家に戻り、カーテンを閉める前、ベッドの上に投げたスマホが
通知を一件、ポンと鳴らした。
「灯ちゃんがストーリー更新した」
葵は思わず開く。
空き家の縁側。
窓ガラスを拭いてる灯が、自撮りで軽くピースしていた。
「今日も、ほこりすごかった(笑)でも、好きな場所になりそう。」
それを見て、葵はスマホをぎゅっと握った。
(うちも、“好きな場所”を仕事にしてええんかな)
すぐに何かを決めるわけじゃない。
でも、また村に行って、“あの味”をもう一度作ってみたくなった。
就活は進める。内定も取るつもり。
でもその奥で、“もう一つの進路”も、手放さずに持っていたい。
SNSの通知は止んでいたけど、心の奥ではまだ、小さく灯がともっていた。
【第42話 了】
この回では、過去にバズった経験が今の葵にどう作用しているかを丁寧に描き直しました。
バズは“過去”でも、
そこに宿っていた“届けたい気持ち”は、今も葵の中で息づいています。
自分の“好き”をどう扱うか。
葵の葛藤と静かな前進が始まりました。




