第40話「制度の外で、また始める」
小雨が降った翌日、空は晴れた。
村の山あいに、ほんのり霧がかかる。
倉本灯は、空き家の前で写真を撮っていた。
傘の取っ手を小脇に抱えながら、軽くシャッターを押す。
そこには、まだ「カフェ」ではない、ただの古い民家が写っていた。
でも、灯には“そこにあるはずの景色”が見えていた。
縁側に座るおばあちゃん、コーヒーを注ぐ自分、
談笑するお客さん、アイスを口にする子どもたち――。
まだ実現していないけれど、確かに自分のなかにある風景。
一方その頃、都内のカフェチェーン店舗。
高森葵は研修バッジをつけてカウンターの奥に立っていた。
「アイス3つ入りまーす! はい、次接客お願いね!」
「はいっ!」
キビキビと動きながらも、頭の片隅には、あの時バズった“村のアイス写真”がずっと残っていた。
それを投稿した日から、何かが変わった気がしている。
(今は、ここでやれること全部、覚える)
(いつか、届けられる人になれるように)
その夜、自宅のPCで開いたクラウドファンディングページに、通知が1件。
「支援者No.10:くらもと あかり」
「……やっぱ、見てたんやな」
思わず声が漏れて、葵は笑った。
水野千尋は、大学の図書館にいた。
卒論と制度報告書のデータをまとめるために、最後のチェックをしていた。
画面の隅に、自分が書いた一文が浮かぶ。
「私たちの実習は終わったけれど、“暮らす”ことは続いている。
そして、その記録は次の誰かの“問い”になってほしい」
提出ボタンをクリックする。
静かな達成感とともに、ほんの少しだけ“寂しさ”が混ざっていた。
ふとスマホを見ると、グループチャットに通知が来ていた。
葵:「来年の制度ポスター出てたよ」
灯:「ポスター、あの空き家の前じゃない?(笑)」
千尋:「うちらのこと、誰も知らんけど、何かがちゃんと残ってる気がする」
制度は終わった。
でも、“つながり”は終わっていない。
3人はそれぞれの場所で、制度の「その先」を生き始めていた。
この第40話で、最初の長編章(第1〜3章)に一区切りがつきました。
制度という“用意された舞台”の外でも、3人はそれぞれの形で次のステージへ進み出しました。
誰かに与えられた時間ではなく、
「自分の意志で選ぶ暮らし」が、ここから始まっていく。
読者の皆さまにも、自分の進路や立ち位置を重ねていただけたら幸いです。