第36話「高森葵、“いいね”の数じゃないけど」
「……久しぶりに写真でも整理すっかー」
講義の合間。大学のカフェテリアの窓際、葵はスマホを片手に座っていた。
画面をスクロールすると、村での実習中に撮ったアイスの写真が目に留まる。
青い空の下、木の皿に盛られた手作りのフルーツアイス。
少し溶けかけた質感と、木漏れ日の光が映えていた。
(これ、ばあちゃんが教えてくれた盛り方やったな)
何気なく、X(旧Twitter)に投稿してみる。
「#日本の田舎スイーツ #おばあちゃんの味 #映えないけど癒される」
ただの思い出。投稿も軽い気持ちだった。
――そのつもりだった。
数時間後、通知が止まらなくなった。
「え、え、ちょ、なにこれ?」
リプライには「美味しそう!」「どこで買えますか?」「こういうのが食べたかった」と書かれている。
中には「見てるだけで泣けてくる」なんて感想も。
葵は一瞬、背筋がぞわっとした。
(うちの写真、こんなに……?)
スマホを胸にあてたまま、目を閉じる。
(やりたいって、思ってたよな。村でああいうの作るの)
でも、頭のどこかで聞こえる母の声がよぎる。
「趣味でやるのは良いけど、仕事にするなら覚悟がいるわよ」
その夜、掲示板に貼られていた「LOCAL START 起業支援」のチラシをふと思い出す。
URLをクリックしかけて、指を止めた。
(起業……なぁ)
やってみたい。でも、怖い。
資金も、経験も、何より“続けられる力”があるのかもわからない。
翌朝、葵はスマホを開いて、投稿にこう返信を載せた。
「屋台にして出したいって言ってくれる人がいたけど、今はまだ、夢を食べる側。
いつか、夢を渡せるようになります」
そうつぶやいて、アプリを閉じる。
(今は、ちゃんと社会で力をつけよう)
葵は小さく頷いた。
夢に手を伸ばしたことを、後悔はしていない。
ただ、それを「いつか現実にするためのステップを踏む」と、心に決めただけだ。
この回は、高森葵が「バズる」体験を通じて、初めて自分の夢に火が灯る瞬間を描きました。
しかし彼女は、それをすぐに形にしようとはしません。
バズの余韻のなかで、“今の自分”にできることを冷静に見つめ、社会に出て力をつけるという選択をします。
これは決して「諦め」ではなく、夢への“貯金”です。
この選択が、彼女の強さであり、将来の伏線でもあります。




