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第35話「3人、話さない」

 大学キャンパスの北側にある学食は、午後2時を過ぎるとすっかり空いていた。


 ランチタイムの喧騒も去り、テーブルの隙間に秋の光が差し込む。


 


 千尋は一人で、奥の席にトレイを置いた。

 メニューは小うどんとおにぎり二つ。

 特に食べたいわけでもない。咀嚼の感覚で“何かを噛み砕きたい”だけだった。


 


 


 葵が現れたのは、それから数分後だった。

 彼女もまた、トレイを手にして、空いている席を探していた。

 目が合いかけて、逸らす――その動きは、どちらからともなく。


 


 結果的に、斜め向かいの席に座った。


 


 


 「……葵ちゃん?」


 さらに遅れて灯が来た。

 何気ない様子で、千尋と葵の存在を認め、何も言わずに二人の間に座った。


 


 


 三人並んだそのテーブルの上には、

 カレーライス、うどん、日替わり定食が、まるで別々の時間からやって来たように置かれていた。


 


 誰も、何も言わない。


 だけど、気づいている。


 


 “今ここで、制度の話をしてはいけない”――その無言のルールを。


 


 


 「……最近、寒なったな」


 灯が、ぽつりと口にした。


 


 「うち、まだコタツ出してへんわ」


 葵が、乗る。


 


 「灯油が高いらしいよ。ゼミの先輩が嘆いてた」


 千尋が、応じた。


 


 会話は続く。だけど、どこか上滑りしている。

 “今の話”をしてるふりをして、“あの夏の話”だけは避けている。


 


 


 葵が味噌汁をすする音だけが、やけに大きく響いた。


 


 灯は、ふと手を止める。


 


 「なあ……うちら、何やったんやろな」


 


 唐突な問いだった。


 だが、それは三人とも、何度も心のなかで繰り返していた問いでもあった。


 


 


 「制度、ってことやろ?」


 千尋の声は低くて、乾いていた。


 


 「……そやけど、“それだけ”じゃなかった気がして」


 


 「灯ちゃん、まだ続けたいん?」


 葵が問う。


 


 「わからん。でも、“終わった感”ないまま、日常に戻ってきてしもたから」


 


 


 千尋は、箸を置いて言った。


 


 「終わらせるには、自分で距離置かなあかんよ。うちは、そうしたつもり」


 


 「……ほんまに、それで終わんのかな」


 


 言葉の応酬は、やがてまた沈黙に変わった。


 


 


 3人は、並んで座りながら、それぞれ別の方向を見ていた。


 視線の先には、テーブル、窓、空。


 


 重ねた時間は確かにあった。

 でもそれをどう言葉にするか、どう関係に残すか――

 その“手続き”を誰もまだ知らなかった。


 


 


 「……うちら、同窓会とか来るタイプやと思う?」


 葵が、少し笑いながら言った。


 


 「来ないタイプやろ」


 千尋が返した。


 


 「でも、来たら来たで、誰も制度のこと喋らへんみたいな。

 “あー、そんなこともあったね”って流して終わりっぽい」


 


 「それでも、なんかええやん」


 


 灯のその一言で、三人の顔に少しだけ力が抜けた。


 


 


 言わなくてもいいことがある。


 でも、言わなかったことだけが関係を壊すこともある。


 


 今は、まだ“話さない”ことを選んでいるだけ。


 いつか話せるときが来るのか、それとも来ないまま忘れるのか――

 それすらも、まだ決められていない。

再び3人が揃う回でした。

でも、会話があるからといって“通じ合っている”とは限りません。


沈黙、避けた話題、遠回しな問いかけ――

制度という舞台を降りたあとの彼女たちの距離感が、少しでも伝われば幸いです。


次回からは再びそれぞれの道へ。

ここから、静かな分岐が始まっていきます。


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