表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/51

第32話「倉本灯、空白じゃなかった2ヶ月」

 倉本灯は、静かな図書館の一角でノートを開いた。

 カバーの折り返しには、実習初日に貼った村の地図がくしゃっと折れて残っている。


 


 2ヶ月前、制度で送り込まれた村。

 その日々を綴ったページは、予想よりも分厚くなっていた。


 


 空き家の間取りスケッチ、近所の犬の名前リスト、薪風呂の温度記録、そして――

 縁側で、村のおばあちゃんと一緒に淹れたコーヒーの香りまで思い出せそうな走り書き。


 


 


 灯はゆっくりと息を吸った。


 「……なんや、うち、いっぱい書いてたんやな」


 


 制度の“成果”としては、大きな数字も目立つ表彰もなかった。

 でも、このノートのなかにあるのは、確かに灯自身の“暮らし”だった。


 


 


 ノートの後ろのほうに挟んでいたのは、手描きのチラシの試作。

 「灯’sカフェ」――仮のロゴと、空き家を活用した間取り案。


 


 まだ形にはなっていない。

 でもあの日、村の縁側でおじいちゃんが言った。


 


 >「あんたの入れてくれたコーヒー、なんか心がホッとするなぁ。カフェでもやったらええ」


 


 ただの社交辞令かもしれない。

 けどその言葉に背中を押されたから、灯は“やってみたい”と思えた。


 


 


 「……空白ちゃうわ、うちの2ヶ月」


 灯は、そっとノートの角を指でなぞった。


 


 


 大学の授業に戻ってからの日々は、驚くほど無音だった。

 誰も制度の話はしない。

 あの村のことも、自分の夢も、聞かれなければ語られない。


 


 「夢って、語らんと消えてまうんかな……」


 


 ぼそっとつぶやいた言葉が、テーブルに落ちた。


 


 


 スマホに保存していた村の写真を何枚か見返す。


 薪をくべた夜。釜風呂の湯気。

 そして、カフェ風に並べたカップと、コーヒーを囲んで笑うおばあちゃんたち。


 


 灯は、そっと笑った。


 


 「うち、まだ“やってない”だけや。終わったわけちゃう」


 


 


 ノートの余白に、「灯’sカフェ 開業までに調べること」と書き始める。


 ・簡易営業許可について

 ・空き家の借地契約

 ・商店街再利用モデル

 ・必要資金(クラファン?)


 


 言葉が出る。

 アイデアも浮かぶ。

 まだ先は長い。けど、それは“空白”なんかじゃない。


 


 


 ページを閉じて、灯は席を立つ。


 図書館のドアを押すと、夕方の冷たい風が頬をなでた。


 


 (葵や千尋に……また話してみようかな)


 


 制度のなかで生まれた想いを、

 制度の外でも、ちゃんと拾い上げていけるように。


 


 倉本灯の2ヶ月は、確かにそこにあった。


 

倉本灯は、自分で“空白”だと思い込んでいた2ヶ月に、

実は誰よりも大切な「人とのつながり」と「自分の未来のかけら」を見つけていました。


制度では測れない何か。

それでも、確かに残るもの。


静かな一歩ですが、ここから彼女の夢はもう一度、動き出していきます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ