表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/51

第31話「制度が終わっても」

 「はい、これがフィードバックレポートの用紙です。提出は来週金曜まで。学内共有には含まれませんが、実習先の自治体には要約が送られますので、言葉には気をつけてくださいね」


 


 講義室の最前列で話す准教授の声を聞きながら、千尋はプリントを無言で受け取った。


 灯も、葵も、同じように沈黙したまま資料に目を通している。


 


 再会は、思っていたよりも淡白だった。


 


 あれから、ちょうど三週間。

 2ヶ月の実習が終わり、彼女たちは再び“大学生活”という日常のなかに戻ってきた。


 この部屋には、全国に散った班の学生たちが戻ってきている。

 拠点も村も違う者たちが、それぞれの実習報告を記入する準備をしていた。


 


 「……書けるかな」


 葵が、小声でつぶやく。


 


 「うちらのこと? それとも空き家のこと?」


 灯が応じた。


 


 「両方。てか、どっちを書けばいいかもわからん」


 


 千尋はメモ帳を開いたまま、顔を上げなかった。


 


 「何を書いても、どうせ“制度の成果”ってことになるから。感情、いらんよ」


 


 その言い方に、葵がほんのわずかだけ口元を歪めた。


 


 


 机の上に置かれたレポート用紙は、形式にあふれていた。


 ――活動の概要/得られた知見/地域住民との交流の評価/課題と提案


 


 「課題ってさ、うちらのことやんな。提案って、結局“やってもらうための方法”やろ?」


 「制度の内側の人が読むからね。そういう視点になるのは、ある意味しゃあない」


 


 千尋の声は、あまりにも冷静すぎた。


 


 


 講義が終わると、学生たちは三々五々に出ていった。


 3人もまた、それぞれのタイミングで席を立ち、出口に向かった。


 


 大学の廊下は、春に比べて静かだった。

 秋の風が窓から入り込み、ポスターが微かに揺れている。


 


 


 「……なあ、うちらって、またどっかで会うんかな」


 


 階段の踊り場で、葵がふと立ち止まり、振り返って言った。


 


 灯は立ち止まらずに歩き続けながら答えた。


 


 「会うんちゃう? 同じ学部やし」


 


 「違うねん。そういう意味ちゃう。……なんていうか、“あの感じ”で、やで」


 


 千尋が後ろから静かに言う。


 


 「もうああいう関係には戻らんよ。制度が終わったんやから」


 


 葵が、言葉をなくした。


 


 千尋は歩き出しながら言った。


 


 「“制度でつながった関係”って、制度が終わったら切れるのが自然。

 だから、私らの関係も、ここで終わってるのが正しいんよ」


 


 「……ほんまにそうなんかな」


 


 灯の言葉は届いたかどうかわからない。


 3人は、それぞれの出口へと別れていった。


 


 


 同じ大学、同じフロア、同じ課題。


 だけど、“暮らしていた日々”の記憶は、もう共有されない。


 制度が終わった今、3人の距離は“元に戻った”わけじゃない。


 ただ、少しずつ、見ないふりをする時間に戻っていこうとしているだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ