第31話「制度が終わっても」
「はい、これがフィードバックレポートの用紙です。提出は来週金曜まで。学内共有には含まれませんが、実習先の自治体には要約が送られますので、言葉には気をつけてくださいね」
講義室の最前列で話す准教授の声を聞きながら、千尋はプリントを無言で受け取った。
灯も、葵も、同じように沈黙したまま資料に目を通している。
再会は、思っていたよりも淡白だった。
あれから、ちょうど三週間。
2ヶ月の実習が終わり、彼女たちは再び“大学生活”という日常のなかに戻ってきた。
この部屋には、全国に散った班の学生たちが戻ってきている。
拠点も村も違う者たちが、それぞれの実習報告を記入する準備をしていた。
「……書けるかな」
葵が、小声でつぶやく。
「うちらのこと? それとも空き家のこと?」
灯が応じた。
「両方。てか、どっちを書けばいいかもわからん」
千尋はメモ帳を開いたまま、顔を上げなかった。
「何を書いても、どうせ“制度の成果”ってことになるから。感情、いらんよ」
その言い方に、葵がほんのわずかだけ口元を歪めた。
机の上に置かれたレポート用紙は、形式にあふれていた。
――活動の概要/得られた知見/地域住民との交流の評価/課題と提案
「課題ってさ、うちらのことやんな。提案って、結局“やってもらうための方法”やろ?」
「制度の内側の人が読むからね。そういう視点になるのは、ある意味しゃあない」
千尋の声は、あまりにも冷静すぎた。
講義が終わると、学生たちは三々五々に出ていった。
3人もまた、それぞれのタイミングで席を立ち、出口に向かった。
大学の廊下は、春に比べて静かだった。
秋の風が窓から入り込み、ポスターが微かに揺れている。
「……なあ、うちらって、またどっかで会うんかな」
階段の踊り場で、葵がふと立ち止まり、振り返って言った。
灯は立ち止まらずに歩き続けながら答えた。
「会うんちゃう? 同じ学部やし」
「違うねん。そういう意味ちゃう。……なんていうか、“あの感じ”で、やで」
千尋が後ろから静かに言う。
「もうああいう関係には戻らんよ。制度が終わったんやから」
葵が、言葉をなくした。
千尋は歩き出しながら言った。
「“制度でつながった関係”って、制度が終わったら切れるのが自然。
だから、私らの関係も、ここで終わってるのが正しいんよ」
「……ほんまにそうなんかな」
灯の言葉は届いたかどうかわからない。
3人は、それぞれの出口へと別れていった。
同じ大学、同じフロア、同じ課題。
だけど、“暮らしていた日々”の記憶は、もう共有されない。
制度が終わった今、3人の距離は“元に戻った”わけじゃない。
ただ、少しずつ、見ないふりをする時間に戻っていこうとしているだけだった。




