第30話「小さな背中を見て」
「じゃあ、車出すねー! 忘れ物ない?」
役場の駐車場で、牧瀬さんの軽ワゴンに荷物を積み込む。
3人分のスーツケース、段ボール2箱、そして空っぽになったモバイルWi-Fiルーター。
「……このWi-Fi、結局最後まで英雄社しか繋がらんかったな」
「でも、それでよかった気もするわ」
「うん。LINE返せんの、言い訳になったしな」
3人で笑いながら、最後の荷物を積む。
車に乗り込む前に、ふと振り返ると――
神社の境内に、あの子どもたちが手を振っていた。
「灯ちゃーん!」
「ちひろー!あおいー!」
3人は思わず手を振り返す。
「バイバーイ!来年も来てやー!」
「お菓子残してあるからな!」
「……もう、“先生”って呼ばれへんの、ちょっとさみしいな」
葵がぽつりとつぶやく。
「でもさ」
千尋が言った。
「あの子ら、来年うちらのこと忘れててもええと思うねん」
「なんでよ」
「いや、“楽しかった”だけ残ってたら、それでええやろ。
名前や顔や制度なんか忘れても、誰かと笑った記憶があったら、それで十分やん」
灯はうなずいた。
「うちらも忘れんやろ、あの子らの背中」
山の下へと続く道。
車の窓の外には、田んぼ、郵便局、診療所――そして拠点の家が見えた。
「あっ、まだホワイトボード見えるやん!」
葵が指さす。
窓の向こうに、かすかに見えた文字。
『うちら、たしかに居ました。たぶん、いい感じで。』
3人とも、声を出して笑った。
高速道路に乗る直前、牧瀬さんが言った。
「また、なんかあったら来てな。遊びでもええし、仕事でもええ」
「ええの? うちらもう制度外ですよ?」
千尋が苦笑して返す。
「制度なんか、どっちでもええわ。人として、また会えるかどうかやろ」
その言葉に、3人は少しだけ、背筋を伸ばして座り直した。
制度で来たこの村が、
最後にはちょっとだけ、“自分たちの場所”になっていた気がした。
車がトンネルに入ったとき、
灯がそっと、スマホのカメラロールを開いた。
最初の日に撮った、あの空き家の写真。
何の加工もない、歪んだ構図の1枚。
でも――そこに写っていた空気だけは、
今でも、ちゃんと覚えている。
――第2章 了。




