第2話 住む場所って、“帰る場所”じゃないん?
バスを降りた瞬間、空気が変わった。
道の脇には田んぼと杉林。コンビニはない。自販機もない。
スマホの電波は、葵の英雄社だけがギリギリ「1本」立っていた。
「マジか。もう圏外やん……柔行社、役立たずすぎん?」
「旧国立社も完全にアウトやな」
千尋が鞄の中から黒いポーチを取り出した。
「これ、役場からのモバイルWi-Fiルーター。英雄社の回線だけ通ってるらしいで」
「え、じゃあうちが唯一の命綱ってこと?」
「まぁ、そうとも言うな。……テザリング、ちゃんとONにしといてな」
3人は笑ったけれど、どこか不安そうな顔も混じっていた。通信が不安定な場所に、“情報が命”の世代が派遣されるという不思議さを感じながら。
拠点として指定された空き家は、見た目には古民家というより“残された昭和”という印象だった。
瓦はところどころ落ち、雨樋は傾き、玄関の引き戸には「ガムテで補強した跡」がうっすら残っていた。
「え、マジでここ……?カフェになりそうな古民家って聞いたけど」
「聞いた人が間違ってたか、こっちの感性がずれてるかやな」
千尋が先に玄関を開け、3人で中に入る。空気が少しカビくさくて、でも、どこか懐かしかった。
畳はささくれていたが、リビングは広く、日当たりも悪くない。
台所はレトロで、冷蔵庫は……ない。風呂は釜式だった。
「風呂、釜式やで。これ、マジで?」
「でも、洗濯機あるだけマシちゃう?」
灯は居間のテーブルに視線を落とした。そこには、手書きのメモが一枚。
> 【まずは空き家の調査をお願いします】
> 地図と鍵の袋は棚の中にあります。
「え、もう? 着いた瞬間に仕事振られてるん?」
葵が声を上げた。
千尋は封筒の中身を確認しながら言う。
「まぁ、制度やから。“動いてるフリ”してるかどうか、外から見えるのが大事やねん」
灯は、壁のカレンダーを見ていた。最後に誰かが書き込んだのは、4年前の秋。
「……なんか、こっちが“暮らす”って決める前に、暮らしの終わった跡を引き継いでる気がする」
「ん?どういう意味?」
灯は答えず、ただリビングにバッグを下ろした。畳のほこりが、ふっと舞う。
「まあ、掃除からやな。どっから手つけよ」
空き家との暮らしは、“暮らし”というより“リセット”から始まった。