第28話「最後の違和感」
「なんやろ……ちょっと引っかかるねん」
翌朝、灯は役場の一角で、地域協力隊の職員・牧瀬さんの話を聞きながら、違和感を覚えていた。
「来年度からこの空き家、地域のインキュベーション施設に活用できんかって話が出ててな。
君らが使ってた拠点、すごい評判ええねん。実績にもなるし、モデルケースとして発表させてもらえたら助かるわ」
そう言われて嬉しくないわけじゃない。
でも、その“実績”って、ほんまに自分たちのものなんやろか――。
「名前とか出るんですか?」
灯が聞くと、牧瀬さんは少しだけ言葉を濁した。
「まぁ……制度上は、君らは“フィールドスタディ班24期”になるから、個人名は難しいけど……」
灯は小さくうなずき、会釈して資料室をあとにした。
空気は、もうすっかり秋だった。
その頃、葵は農作業中のおばあさんと話していた。
「来年はまた新しい子らが来るんやろ?」
「せやけど、みんなあんたらみたいに一生懸命な子とは限らんやろなぁ」
「うちら、そんな立派ちゃいますよ」
葵は照れ笑いを浮かべた。
「でも、誰かが“居た”ってことは、次に来る子の支えになるんよ」
「畑もそうや。土はすぐには育たん。耕したってすぐ結果は出ん。でも、誰かがやってくれた跡があると、その次がやりやすい」
“跡を残す”――その言葉が、葵の胸に引っかかった。
自分たちは、跡を残せているんやろか。
制度じゃなくて、人の中に。
一方、千尋は役場の別室で、報告書の中間レビューに立ち会っていた。
「進捗、問題ないようですね」
「地域との協働項目、加点ポイントもありますし」
「空き家活用の評価が高いです」
制度側の担当者たちは、淡々と話す。
その空気が、千尋には妙に遠く感じられた。
「実績」「評価」「成功事例」――それはきっと大事なことだ。
でも、誰かと顔を合わせて、笑って、悩んで、時に迷って過ごした2ヶ月を、
“実績”ってひと言で処理していいんやろか。
夕方、3人は拠点に集まった。
「なあ、うちらがやったことって、どこに残るんやろな」
灯がぽつりとつぶやいた。
「資料に残るかもやけど……うちらの名前は出えへんねんて」
「牧瀬さんが、制度上って言うてた」
「うち、さっき農家のおばあさんに“土を耕した跡”って言われた」
葵が言った。「その言葉だけで、もう十分かもしれんって思った」
「……制度の“意味”と、うちらが“居た”意味は、別なんやな」
千尋の言葉に、全員がしばらく黙った。
日が暮れ、虫の声が響く中、拠点の窓から見える山のシルエットが、どこか切なかった。
制度は制度として、記録と数字に整理されていく。
でも、うちらの心に残ったものだけは、たぶん……そこには載らへん。
それでも、残していこう。
“うちらがここに居たこと”は、誰かの言葉と、この拠点に。
そう思いながら、灯は野帳のページを1枚めくった。




