第27話「それぞれの距離感」
秋祭り当日、村の小さな神社は、予想以上ににぎわっていた。
子どもたちの笑い声、縁台に座る高齢者、焼きそばの香ばしいにおい――。
灯は出店テントの裏で、カセットコンロの火加減を見ながら黙々と湯を沸かしていた。
「灯ちゃん、こっち手伝ってー!」
少し離れた場所で、葵が子どもたちに囲まれている。
水風船のコーナーで、小学生たちと一緒に笑っていた。
「あの子、もうすっかり“村の人”やな」
横で焼き鳥を焼いていた農協のおじさんがぽつりとつぶやいた。
灯は笑って返したが、なぜか胸の奥がざわついた。
「……うち、村に残るとかじゃないよ?」
祭りの終盤、拠点へ戻る帰り道、葵がふと口を開いた。
「え?」
灯は少し驚いた声を出した。
「いや、さっき千尋に言われたんよ。“本気で地域定住とか考えてるん?”って。
うち、別にそこまで深く考えてへんし。なんとなく“この人らと一緒に過ごした時間”が、ちょっと好きになっただけ」
「あー……言いそう、千尋」
灯が苦笑すると、葵も小さく笑った。
「でも、あんたもやで。最近、村の人と話してる顔、優しいもん」
その言葉に、灯は答えなかった。
心のどこかに、たしかに“残りたくなる気持ち”が芽生えていた。
でもそれを口にするのは、なぜか、少しだけ怖かった。
一方そのころ、拠点の2階では千尋がひとりでパソコンに向かっていた。
実習報告書のドラフト作成。制度側に提出する形式的な文書。
箇条書きされた実績、写真添付、住民の声。
すべては「制度の内側」から見た記録だ。
でも。
何度読み返しても、そこに「私たちがここで感じた何か」は、書かれていない気がした。
“この人たちと、この場所で過ごした意味は、こんなテンプレートに収まるのか?”
千尋は初めて、心の中でその問いを口にした。
パソコンを閉じ、ふと棚の上に置いてある紙袋を見つめた。
村のおばあさんからもらった、素朴な手作りの干し芋。
袋には、丸い字でこう書いてあった。
「忘れんように。ありがとう。」
千尋は思わず笑ってしまった。
“誰が誰を忘れないのか。”
自分たちは地域に何かを「した」わけじゃない。
でも、何かを「一緒に居た」と思ってもらえたのかもしれない。
夜、拠点で3人が顔を合わせた。
テレビもつけず、スマホも置いて、ただ、炊き立てのごはんを囲む。
「……今日、楽しかったな」
灯がぽつりとつぶやいた。
「うちも。でも、ちょっと怖くなってきた」
葵が言った。「これが終わったあと、東京に戻って、全部忘れてしまうんかなって」
「それは、うちら次第ちゃう?」
千尋が静かに言った。
「誰に言われたわけでもなく、“思い出す時間”を持てるかどうか」
3人は、黙ってそれぞれのお茶碗を見つめた。
そこには、制度では測れない、“個人の気持ちのゆらぎ”が詰まっていた。
地域を出るまで、あと一週間。
3人は、“制度ではなく、自分たちの言葉”で、終わりを迎える準備を始めていた。




