第26話「静かに近づく終わり」
「あと、何日やっけ?」
葵がふとつぶやいたのは、村の朝の空気が少しだけ冷たくなってきた頃だった。
朝露がまだ乾かぬ畑を横目に、3人は子ども会の秋祭り準備の手伝いに向かっていた。
「たしか、来週の金曜で正式終了。片付け入れて、あと……10日?」
千尋がスマホのカレンダーを見て答えた。
「10日、か……。はやない?」
葵の声は、思ったよりも軽くなかった。
灯は何も言わず、小さくうなずいた。
最近、葵の表情が少しだけやわらかくなった気がしていた。
逆に、千尋の口数は減ってきている。
村の人たちも、どこか「もう終わる」という雰囲気を感じ取っているようだった。
「学生さん、来年も来てくれるんやろか?」
神社の境内で掃き掃除をしていたおばあさんが、そうつぶやいた。
「うちは……来るかどうか、わからへんです。でも、誰かは来ると思います」
灯はそう答えた。たぶん、そう返すしかなかった。
「ふぅん。せやなぁ……。なんか、あっという間やな」
あっという間。
本当に、その通りだった。
最初は、電波が入らないとか、お風呂が昭和の釜式だったとか、そんなことばっかり話していた。
今は、子どもに名前を呼ばれるし、村の空き家の鍵を預かることにも慣れた。
でも、それが“居場所”になったかといえば……わからない。
祭り準備の合間、灯は1人で拠点に戻った。
食器棚の上に置いていた実習用ノートを取り出す。
初日に書いた字は、やたらきれいで、気取っていて、今見ると恥ずかしい。
ふと、拠点の隅に置いていた野帳が目に入った。
空き家調査に使っていたメモ帳。走り書きの地図、軒先の情報、会った人の名前。
その中に、村の住人がふとこぼした言葉が書いてあった。
「この家、誰かに使ってもらえたら、それでええ」
……それでええ。
それでよかったのか。
私たちがここにいたことって、それでよかったのか。
ノートの背表紙に、灯はボールペンで小さく書いた。
『いた、という証拠は、誰かの記憶になるのかもしれない』
その夜。拠点で3人で晩ごはんを囲みながら、
灯は思い切って言った。
「うちらさ、なんか、残せてると思う?」
葵は箸を止めて言った。
「うち、最初はマジで帰りたかった。
でも今、ちょっと、もう少しここに居たいなって思ってる」
千尋はしばらく黙っていたが、ぽつりと口を開いた。
「……制度の評価項目に、“残したもの”って欄がある。
でも、評価されることと、誰かに思い出されることは、違うんかもしれへん」
誰も、すぐには言葉を続けなかった。
でもその沈黙は、初期の気まずさではなくて、
“この村との距離を大事にしたい”という、3人なりの敬意だった。
実習の終わりが、静かに、確実に近づいていた。




