第24話 “どう書けば、ここに居たって伝わるんやろ”
空き家の床に、パソコンのカタカタというキー音が小さく響いていた。
灯が報告書の入力を進める横で、葵はカフェの木製カウンターにもたれながら、煎ったコーヒー豆の香りを深く吸い込んでいた。
「“村の関係人口形成に寄与した”……なんやこの言い回し。
うちら、そんな大層なことしたっけ?」
千尋がスクリーンをのぞき込みながら、苦笑まじりに言う。
「なーんか、うちらが消えたあとに、“数字”しか残らん気がしてイヤやなあ」
葵が湯気の立つマグカップを見つめる。
外では風が吹き抜け、銀杏の葉が舞う音がした。
それだけで、“もう秋なんやな”って思えた。
「“この場所で、誰と、どんな風に過ごしたか”……
それを“1行”にせなあかんの、ちょっとむなしいな」
灯はタイピングの手を止めて、深く息を吐いた。
「けどな」
千尋が、プリントアウトされた報告書の表紙を指差した。
「この“うちらの言葉”ってやつは、後から読む人が居るねん。
教授とか、次の実習生とか。
“うちらがどう居たか”は、数字よりここに残るんやで」
そのとき。
入口のガラス戸が開いて、中学生の陽菜が顔を出した。
「こんにちはー……あ、あの、コーヒーのにおいするー!」
「ええ鼻しとるやん。うち、今日ドリップの練習してたんや」
葵が笑顔でカップを差し出す。
「香ばし~。なんか、お店のにおい!」
陽菜の目がきらきらしていた。
灯は、ふと陽菜のその反応にヒントを感じた。
「数字でも言葉でもない、“におい”や“空気”みたいなもん……
うちらが残したいん、たぶんそれなんやな」
千尋がうなずく。
「けど、その“におい”を、どう文字にすればええんやろ?」
夕方。
3人は報告書の「自由記述欄」に向き合っていた。
キーボードの前に長い沈黙が落ちて、やがて、千尋が口を開く。
「うちはこう書く」
> “自分たちがいない日がちゃんと回るように、仕組みを残しました。
> けど、それ以上に、この村に“ちゃんと居た”と、
> 自分たち自身が思えたことが、一番大きかったです。”
「……ええな、それ」
灯が続けて入力を始めた。
> “この空き家の匂い、床の冷たさ、風呂を焚く煙のにおい。
> 村の空気が、少しずつ肌に馴染んで、
> それを拭うと、手に残ったのは、ちゃんと“ここで生きた”という感覚でした。”
最後に、葵が画面をのぞき込んで、笑いながら言った。
「じゃあ、うちは――“ありがとう。
ここ、うちの人生に混じってくれて、マジ感謝”でええ?」
「ええよ、それが“うちらの言葉”や」
灯も笑う。
数字にならんものを、数字じゃないやり方で残す。
それが、自分たちにできる唯一の“報告”なのかもしれなかった。
次回予告(第25話)
報告書は提出された。
でも、まだ終わってない。
「うちら、帰ったあとに、どんな言葉が残るんやろ?」
村人たちの反応、実習の“本当の最後”が、じわじわと始まる。
※ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
「うちらがちゃんとここに居た」と、どうすれば伝えられるか――
そんな想いをこめた回でした。
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