第22話 うちらの知らんところで、誰かが残してくれてたんや
朝の空気は、ほんのり土の匂いがしていた。
まだ湿気の残る拠点の廊下を歩いていると、板のきしむ音が静かに響く。
灯が郵便受けを開けると、そこに一通の封筒があった。
「……“実習生様方へ”。宛名、手書きや」
葵と千尋を呼んで、中に入って封を開ける。
白い便箋には、丁寧な字でこう書かれていた。
> 昔、この村で実習をした学生です。
> あなたたちが今使っている空き家は、
> 私たちが初めて掃除し、拠点にしようとした場所でした。
> 結局うまくいかなかったけど、誰かがまた使ってくれたらと、
> 清掃道具とノートを残しました。
> それが、今あなたたちの役に立っていると聞いて、手紙を書いています。
> 楽しんでください。そして、無理はしないで。
> その時間が、あなたの未来で、ふと思い出されるものになりますように。
紙の角に、うっすら水跡がにじんでいた。
誰かが書いて、誰にも見せずにいた年月の重みがそこにあった。
「うちら、“最初の”実習生やなかったんや……」
千尋の声が、思ったよりも小さかった。
「じゃあ、この空き家、誰かが先に道を作ってくれとったんやな」
灯がノートを開くと、黄ばみかけたページの中に、
“〇年〇月〇日 草刈機借りた。猫いた。”とだけ走り書きがあった。
ページの隅には、小さな押し花が貼られていた。
それは、誰にも見られないまま残された、静かな記録だった。
「うちら、今“残そう”としてるけど……
ほんまは、もう“受け取っとった側”やったんやな」
灯の声が、床に落ちた日差しに重なる。
夜。久しぶりに拠点で3人だけで過ごした。
火の気はないけど、なんだか部屋がやさしい空気に包まれている気がした。
「親ってさ、何もくれへんかったなって思っとったけど……」
葵が、ぼそっと言う。
「たぶん、気づいてへんだけやな。
勝手にごはん出てきて、布団ひいてあって、
“そういう場所”をうちらに渡してくれとったんやな」
千尋は、小さく頷いてから言った。
「今、うちらがそれを、別の人に渡そうとしとるんかもしれん」
何もない部屋に、静かな言葉がひとつずつ積み重なっていく。
それは、ノートに綴る文字と同じように、誰かが拾うかもしれない種だった。
次の日、3人は拠点ノートの最後のページに書き加えた。
> ここは、うちらの居場所やったけど、
> あなたの居場所でもありますように。
> そして、あなたがまた誰かに場所を残すとき、
> このページのことを、少しでも思い出してくれたら嬉しいです。
> 202X年 水沢村実習チーム:灯・葵・千尋
日差しがノートの紙を照らしていた。
誰かが開くその日まで、静かにそこに在り続けるのだろう。
次回予告(第23話)
実習の“終了報告書”が届く。
「終わる」という言葉に、3人はそれぞれのかたちで向き合いはじめる。
小さな別れの準備が、静かに始まっていた。




