第1話「配属、そして、ちぐはぐな3人」
L型大学・地域共生学部3回生。春学期の終わりとともに配布された、一枚の封筒。
『地域実習 担当地域通知書』
葵は封を切って、一行目を見た瞬間、思わず声を漏らした。
「えっ、水沢村って……地図で見たらバス1日2本のとこやん。マジで行くん?」
その横で、同じく通知書を広げていた灯は何も言わなかった。ただ、黙って中に入っていた“地域生活マニュアル”をめくっている。
少し離れた席で、千尋は落ち着いた手つきで情報をノートにまとめていた。
【配属班】
班D:倉本 灯/高森 葵/水野 千尋
「あの子たちと同じ班か……」
葵は少し眉を寄せた。
灯は“しゃべらなさすぎて印象に残る”タイプ。
千尋は“レポートに本気出す真面目枠”で有名。
なんというか、「バラバラすぎる3人」だ。
「うち、大丈夫かな……」
そのつぶやきは、意外にも千尋の耳に届いていた。
「心配なのはこっちの方よ。実習は2ヶ月。評価も付くし、生活も共同。互いに干渉せずに済めば一番だけど」
葵は一瞬、反応に困って目をそらした。
灯はまだ何も言わずに、配属地域の地図を指でなぞっていた。
L型大学の地域実習は、大学設立当初から続く名物制度だ。地元の過疎地域に2ヶ月暮らし、空き家や資源を使って“地域との共生”を学ぶ。選べるわけではなく、毎年、通知とともに自動的に割り振られる。
「評価対象って言うけど、先生たちは“感情の動き”も見てるらしいよ。なんか、最近は“共感力”とか“主体性”が大事とか言って」
葵のその言葉に、灯がぽつりとつぶやいた。
「でも……共感とか主体性って、誰がどう判断するんやろな」
千尋が手を止めて言った。
「まあ、制度やからね。形だけでも“動いたふり”すれば、だいたい合格よ」
「そんなんでええん?」
葵が苦笑しながら聞くと、千尋は目を伏せてノートを閉じた。
「……よくないと思ってる。けど、それ以外を選べるような余裕もないから」
静かな空気が流れる。
2週間後。彼女たちはスーツケースと荷物を持って、L型大学のバス乗り場に集まっていた。
誰も、笑ってはいなかった。それでも、どこか“行くしかない”という覚悟が、全員に共通していた。
「……電波、ちゃんと入るとええな」
灯がぽつりとつぶやくと、葵がすぐ反応した。
「うちは英雄社のスマホやから、そこは信じてる!」
「いや、信じるのはそこじゃない気がするけど……」
千尋のひとことに、バスの中でようやく小さな笑いがこぼれた。
ちぐはぐな3人の、ちょっと不安で、ちょっと滑稽な実習生活が始まろうとしていた。