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第0話:プロローグ “ここ、たぶんスマホの圏外です”

西和県・水沢村。

 人口320人。商店ゼロ。最寄りのコンビニまで車で40分。

 山に囲まれた、仮想日本の奥にある「忘れられた場所」のひとつ。


 


 L型大学では、大学3回生の夏に地域実習が義務づけられている。

 正式名称は「生活実践型フィールドスタディ」――なんのことはない、田舎に住み込んで2ヶ月間、地域課題に向き合う制度だ。


 


 その理念は立派だ。「都市と地方のギャップを体験し、持続可能な未来を共創する」。

 でも現実は、空き家の掃除、草刈り、通信圏外、正体不明の“自治会の掟”、そして“よそ者”に向けられる微妙なまなざし。

 制度の名を借りた、ぶっつけ本番の社会実験ともいえる。


 


 そんな制度のもと、今年この水沢村に送られたのが――私たちだった。


 


 「うちら、マジでここで2ヶ月暮らすん?」


 


 スマホを頭上にかざしながら、高森葵が言った。

 目の前にあるのは、傾いた瓦屋根とサビたポスト。玄関には「空き家バンク登録済」の紙が斜めに貼られている。


 


 「まずWi-Fiが入らんて、どういうことなん……英雄社しか刺さらんって都市伝説やと思っとった」


 


 「ルーターは役場で借りるって書いてた。電波は弱いけど……」

 倉本灯が実習資料を開いて、冷静に答える。


 


 「車の鍵も、たぶん役場に取りに行かなあかん」

 水野千尋が鍵穴を覗きながら言った。


 


 この3人は同じ大学・同じ学年だが、ゼミも専攻も違う。

 たまたま同じ“村送り”になっただけで、仲良しでもなんでもない。


 


 「ここ、住めるんかな。なんかもう、家っていうより物件やな」

 葵が玄関を開けると、むわっとカビと湿気の混ざった匂いが鼻をついた。


 


 「畳が変色してる……これ、カフェとか以前の問題やな」

 灯がそっと荷物を下ろす。


 


 千尋が壁に貼られた実習マニュアルを読み上げた。


 


『空き家を拠点化し、地域住民との共創によるプロジェクトを構築せよ』

『生活・実務・関係人口形成の現場体験を通じ、学生としての主体性を育むこと』


 


 「で、拠点整備、イベント企画、地域交流……」

 「けど、どれも“予定通りにはいかん”やつやな」

 3人の声が重なって、拠点にふわりと沈んだ。


 


 日が暮れかけていた。カーテンの隙間から差し込むオレンジ色の光が、畳の上に長く伸びていた。


 


 「ま、うちらでどうにかするしかないか」


 


 灯の言葉に、誰もツッコまず、ただ黙ってうなずいた。


 


 そのときはまだ知らなかった。

 この村で過ごす日々が、単なる制度の一環では終わらないことを。


 


 自分たちがいたことを、どう証明して残すのか――

 それが、ここでの物語だった。


 


 「……電波、やっぱ死んでるわ」

 「役場、明日って言ってたけど行こか」

 「車も借りな動けんしな」


 


 3人はそれぞれのスマホを閉じて、黙って荷物の整理を始めた。


 


 ――こうして、

 水沢村での“実習生活”が、ようやく本格的に動き出す。



最後までお読みいただきありがとうございます。


この物語は、制度に送り込まれた3人の学生が、

誰にも評価されない場所で「自分たちがいた証」を探す話です。


派手な展開はありませんが、

小さな気づきや、声にならない思いを丁寧に描いていきたいと思っています。


よければ、続きを読んでみたいと思ってくださった方は、

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