第二話 約束
「あれ、リリーちゃんいたんだ、今日も頑張ってるね」
「リリーちゃん、私達が教えてあげようか?」
「ありがとうございます、今日は約束があるのでまた教えてください」
ニコニコと私の同級生と話すリリーを見ながら、馴染んでいるなぁと遠い目をしながら見てしまう。
リリーは私が部活のない日に高等部に来るようになった。
それにしても、リリーは私の同級生に人気だ。
顔がいいのもあるし、可愛いというのもあるだろうが、そこはかとなく妹って感じがすごいする。
リリーもそれを満更ではない様子で受け答えしている様子なので、こうして私の同級生の中に馴染んでいっているみたい。
「いつの間にあの子と仲良くなったの?」
聞いてきたのは繭だった。
ショートボブに明るい茶色の髪、リリー程大きい目ではないけど、丸い大きい瞳をしている。目の印象だけはリリーと被るのだけど、繭の場合は好奇心旺盛な猫の印象が強い。
テニスの腕だっていいし、体育でも様々なスポーツで活躍しているから運動神経もいいのだろう。
そして、彼女が私の情報源でもあった。
彼女が学校や学校外の情報を仕入れてきて、私に話してくれるから私は色々と知ることが出来ていた。今は別にも仕入れる先がいるので唯一ではなくなったのだが。
だが、私は彼女については知らないことが多い。
中学はどこだったのかとか、家族や友達について。
ここに来てからの彼女は知っているし、彼女は私に情報を公開してくれている。
それでもいいと思っている。だって、不自然に話題にしないように避けているわけでもない。
それならば、こちらから穿るようなことをしないで、私も彼女が話したいことに乗っかるし、合わせていく。
「ほら、あの日、繭が教えてくれた日に後ろ姿見えてもしかしてって思って、それで」
繭が首を傾げる。
自分でも言葉が足りないって思った。
私が口を開く前に、リリーが口を開いた。
「昔、先輩の家、クリニックに通っていた時期があったんです。それであの日、先輩が追いかけてきてくれて、再会できたんです」
にっこりと笑いながら、嘘を吐く。
「まさかこの学園で再会できるなんて思ってなかったんで、とても嬉しかったんですよ、運命って言うのでしょうか? そういうの信じちゃいます」
そうなのというような目でこちらを見てくるので、肯定しておいた。
これで私も共犯者。
この話もリリーと打ち合わせをしておいたものだけど。
誰かに聞かれたら、こう答えるんだ、と。
それが早速役に立つとは、準備はしておくものだ。
真面目に勉強を教えていると、どんどん教室から人が捌けていく。
リリーを構っていた子たちは部活や帰路に、繭も学生寮の方に向かって行った。
星花女子学園には学生寮が存在する。
学校の敷地内に、四階建ての寮が二棟存在している。
遠方からこの学園を目指す子たちもいるので、そういう子たちに向けてもあるし、近くでも希望者は受け入れられている。
ただ、二人一部屋なので、私は通いにした。
自転車通学なのだが、通えないこともないと思ったので。
リリーは学生寮だ。
理由を聞いたところ、今まで親元を離れたことがなかったので、離れて生活してみたかった、と。
どこまで本当なのか知らないけど。
二人になると、どちらともなく大きく息を吐いた。
「先輩、今日はどこに行きましょうか!」
さっきまで同級生に囲まれて構われていた時のニコニコした顔よりも、目を輝かせているし、口角も上がっている。
「そんなに連日のように噂の真相を探していたら、無くならないかな?」
「それがなくならないんですよ!」
「どうして?」
それはちょっと異常なのではないかと思うのが普通。
オカルトが流行っているのだろうか。
そんな流行る下地があったかと思ったがないと即座に心の中で首を横に振る。
ここが閉鎖された環境で、娯楽が少ないのであればまだ分かる。
それならば、こうして降ってわいた話題にはみんな飛びつくし、それを確かめようと躍起になったり、昔のことが掘り返されて様々な怪談が増えてオカルトブームが起こるのは分かる。
しかし、ここはそうじゃない。
近くに大きな町もあるし、ショッピングモールもある。
世間の流行な品も手に入りやすく、ネットもテレビもあるんだ。
だから、そこまで爆発的に増えることはないはず。
はずなのに、こうして流行っている。
「みんなこういう話が大好きなのかもしれませんね!」
大好きにしても、おかしい。
リリーはこう、天真爛漫な雰囲気を出しているのだが、頭も回るし、人を見る目もある。
そんな彼女がおかしいと思わないわけがないはず。
大好きってだけではないと思っているのだろうが、リリーはこの状況をもしかしたら楽しんでいるのかもしれない。
その可能性は高い。
彼女の好きな未知がここには溢れているのだから。
「……ねぇ、リリー一つ気になってるのだけど、聞いてもいい?」
「はい、何でしょうか?」
リリーは相変わらずニコニコとしている。
機嫌がいい。
いつもだけど。
「もしかして、今の状況楽しんでる?」
「そうですね、楽しんでいると言えば、楽しんでますね」
それはそうだ。
この状況は彼女が望んだものだ。
「それじゃあ――――」
「先輩、質問は一つではないんですか?」
「二つ目を聞いちゃダメかな?」
「いいえ、いいですよ。言葉遊びです」
リリーの表情は相変わらずニコニコと表情をしている。
それが今は作っているのか、それしか表情がないのかと思ってしまうぐらいそこから変わってない。
普通はもうちょっと嫌がったりするだろうに、それもない。
「それじゃあ、この状況リリー、あなたが作ったの?」
「いいえ、わたしが作ったものではないですよ。もしかして、先輩、わたしがこういうことが好きだから、こんな事をしていると思ったんですか?」
それはちょっとだけ思った。
だから、頷いておいた。
すると、彼女がさっきまでにこにこしていた顔から消えて、頬を膨らませてしまっているが、怒っているのだろう。けど、なんというか、そういうのが似合っている。
非常に可愛らしい。
「もう、先輩、酷いですっ!」
「ごめんなさいって」
そうやって謝るのだが、彼女は頬を膨らませたまま、そっぽを向いてしまっている。
何度か謝ってみたもののリリーの機嫌は直らない。
困ったな。
どうやったら彼女の機嫌を直せばいいのか付き合いが短い私にはまだ分からない。
どうしていいのか途方に暮れてしまう。
時間も時間だし、そろそろ解散したいんだけど、機嫌を直してもらわないとここからてこでも動かなさそう。
「分かった。なら、私にしてほしいことで私が叶えられる事なら何でもしてあげるから、ね?」
「…………何でもいいんですか?」
「何でもとは言ってない。私が叶えられることでなら、何でもしてあげるとは言ったけど」
「はい、してほしいことあります!」
目を輝かせていうリリーを見て、してやられたのではないだろうかと思ってしまう。
頭の回転とかいいし、計算高いとは思っていたけどここまでとは思ってなかった。
だけど、ここで梯子を外してしまうとまた振出しに戻ってしまうし、そろそろ日が傾いてきたのか教室は夕日で赤く染まってきていた。
彼女も寮生なら門限もあれば、夕飯の時間もある。
いつまでもここにいていいわけではない。
それに私もあまり遅くまでここにいては帰るのが遅くなってしまうから、そろそろ帰りたいのもある。
「どんな事?」
「難しい事じゃないから大丈夫です!」
ニコニコと見る人が見たら、天使のような笑みを浮かべている。
魅力的な笑み、である。
白いワンピースとか着せて、背中には白い羽、天使の輪っかを着けたら人間界に折りてきた天使になりそう。
私のクラスでも、彼女は好意を持たれている。
そんな彼女の笑みを私は独占してしまっていると思うと、その人たちには申し訳ないと同時に、二人だけの秘密の優越感を少しばかり感じてしまう。
「それは私が決めることなのだけど……まぁ、いいけど、それでどんな事?」
「わたしと一緒に放課後確かめるのを手伝ってください!」
それを聞いた私はどんな顔をしていたのかご想像に任せよう。
ただ、リリーの反応からして、あまり顔をしていなかったのは鏡を見なくても分かる。
「ダメ、ですか……? 輝理先輩……」
わざわざ上目遣いになる様に机に伏せるようにこちらを見つめてくる。
あ、あざといが顔が良いせいで、それが絵になるのはズルい。
思わず、身を引いて逃げようとしてしまった。
分かっていてやっているのなら、将来が怖い。天然でやっているならなおのこと怖い。
できれば前者であってほしいと願いながら、顔を上げて彼女と目を合わせないようにして、
「……ダメ、とは言ってない」
それだけ絞り出すように伝える。
目だけ動かして、リリーを見れば、背中に花を咲かせたように一段と嬉しそうな笑みを浮かべて、一気にこちらに身を乗り出してくる。
その勢いから逃げようとさらに逃げようとするのだが、さすがに椅子から転げ落ちそうになるので、彼女の顔を至近距離で見つめることになった。
「じゃあ、輝理先輩! 明日から、早速お願いしますね!」
「う、うん、いいけど、ちょっと、その近いから、ね……?」
同じ女性であっても、自分よりも可愛い子の顔をこんなに近い距離で見るというのは慣れない。
他の子に対してはここまで身を寄せたりしないのだが、私に対してはパーソナルスペースがないかのように近づけてくる。
嫌、ではないのだけど、同性でしかも年下の子に感情を揺さぶられるのは先輩としてのプライドが少しばかり傷がつく。
私が近いと言っても、彼女が離れる気はないらしくて、きょとんと首を傾げるばかり。
吐息がかかりそうな距離感のまま、彼女が話す。
「どれから行きましょうか、一日で全部……は無理ですから、四個ぐらい……? でもまたすぐに新しい噂が出来ちゃうかもしれませんし……」
今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
四個とは、噂の検証に一日で四カ所巡るというのか。
無理だ。
絶対に無理だ。
「一日一個。これは絶対だから」
私がそう宣言してしまうと、リリーは不満そうに頬を膨らませる。
顔のいい可愛い子がやると、それも可愛く見えてしまうのはやっぱりズルい。
さっきまで教室を赤く染め上げていた夕日も落ちてきたのか、教室もどこか暗くなり影も伸びてきていた。
そろそろ今日は解散だ。
「最初は何にするか部屋に帰ってじっくり考える事。宿題ね?」
席を立ちながら、伝えるとリリーも察したのか椅子を戻す音が聞こえてきた。
「そうですね、遅くなっちゃいましたし、楽しみは明日にしてどれがいいのか考えてきます」
リリーが私の隣に並んで、一緒に教室を出ていく。
廊下は静かで、世界には私たち二人しかいないのかも、なんて少し寂しさを覚えるのだが、すぐに部活動の掛け声が聞こえて、それがただの錯覚だということを改めさせらた。
噂は、ただの噂だ。
本物なんてない、ただの作り話ばかりだろう。
そうだろうと分からないリリーではないはずなのだが、何故こんなにも興味を示すのか、そちらの方が興味が湧いた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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