開幕 出会い
これは少し前の出来事。
一番初めの物語。
わたし達がまだお互いのことを何も知らなかった雨の匂いのする季節。
わたしは今日も学校の敷地内をずんずんと歩いていく。
ここには今までわたしが知らない未知の物が溢れている。
学校が始まってから色々と回っているのだが、見飽きたというものがない。
学校の外だってそうだ。
楽しい事ばかり。
家にいた頃、わたしは家で過ごすことが多かった。
特別な事情というわけでもない。
ちょっとだけ体が弱かっただけ。
大きな病気になっていたわけではない。
それでもなかなか外に出してもらえなかったのは、両親が過保護だったのもあるかもしれない。
その両親の過保護なまでのおかげでわたしは今、こうして元気に過ごせることが出来たのだから、感謝しかない。
両親からはあまり走り回ったり、体が冷えるような格好をしていけない等言われているのだが、外の環境がそうはさせてくれない。
今年の夏はあまりにも暑くて、寮の中では薄いシャツ一枚とか普通だった。
それに面白そうなものや楽しいものが見えたら、勝手に足が動いてしまうのだから止めることの方が難しい。
だから、両親から言われた言いつけについてなかなか守ることが出来ない。
申し訳はないと思うのだが、外に興味があるものが多いのがいけないんだ。
一学期はもう毎日のように出かけていた。
新校舎には様々な部活の発行物、図書室にはそれこそ家の蔵書には物がたくさんあり、目移りしてしまう。
旧校舎の方に文化部の部室が入っている。そこでは様々な文化部が活動しているのだが、わたしが今まで知らなかった文化がたくさんそこにはあり、毎日のように通ったとしても楽しかった。
体育館や武道場、柔道場ではとても迫力ある運動部が活動していたのを見ていた。
走り回ったとしてもさすがに部活動であんなに激しい運動が出来るとは思っていないので、見学だけに留まる。
だけど、体育館では走ったりボールが弾む音が響いて、体に響いて、いつもよりもいっそう興奮を覚えた。
わたしも体が丈夫だったら、あんな風に走り回ったりして、大会とか出ちゃったりして、なんて妄想をするのだが、それで両親に思うことはない。
むしろ、わたしが悪いのではないかと思ってしまう。
だって、いっぱい両親には迷惑をかけている。
ちょっと咳をしただけで、両親や使用人の方々が駆け寄ってきて、「大丈夫ですか?! すぐにお医者さんを呼びますので」なんて言われて、四六時中気を張っていないといけないだろうから、大変だったんじゃないかと思う。
わたしがこうして星花女子学園の寮に入ることにして、安心したのではないのかとも思うのだが、両親はともかく、使用人の方々もここに送り出す時には泣いていたのを思い出す。
あれが演技できる人たちではないのもよく知っているので、疑うことはない。
みんないい人たちだから。
両親はわたしに対して甘々で本当に大丈夫なのだろうかと思うのだが、人を見る目はしっかりとあるみたい。
いい人に囲まれてわたしはとっても恵まれたところでのびのびと育った。
だけど、それでわたしの好奇心が満たされたということではない。
わたしの興味はずっと外にあった。
一緒に過ごしていたお友達たち、いえ、一度も学校外で遊ぶことが叶わなかったので、お友達と言ってもいいのだろうか分からないけど、その方たちがいつも楽しそうにしていたのをわたしは眺めているだけだった。
誘っていただいて、わたしも遊びたかったのだけど、病気のこともあったので、いつも断わっていたのが心苦しかったのをよく覚えている。
今であれば、どこでも遊びに行ける。
誘ってもらえれば、それこそスポーツだって行える。
家族に知られたらことなのでこっそりだけど。
けど、それにしてもわたしはあまり友達が出来ない。
いえ、友達はいっぱいできました。
正確に言えば、遊びに誘ってもらえるような友達は出来ていない。
なんだかみんなわたしには遠慮していて、誘ってもらえない。
何がそんなにわたしに遠慮するところがあるのだろうか。
やっぱり人とは見た目が違うからだろうか。
小学校の時はわたしの見た目はみんなから浮いているのはよく分かっていた。
みんなの髪色が黒や茶なのに、わたしの髪色だけが金色だった。
それに顔付きだって、みんなと違っていた。
家の人たちはわたしのこと可愛いだとかお人形さん見たいとかやたらと褒めてくれていて、悪い気はしなかったけど、それでもみんなと一緒がいいと思ってしまうのは子供特有のもの。
みんなと違う白い肌に、外国人のような顔付き。
お母様と一緒の髪色に顔付きはわたしだって嫌いじゃない。
けど、やっぱりみんなと違うというのは小学生の中では大きかったと思う。
この学校ではそれが目立たないというのはいいところなのかもしれない。
様々な顔つきの人がいる。
わたしのような日本育ちの日本人離れした顔付きとは違って、生粋の外国人の人もいるのだから。
さて、学校の敷地内のどこにわたしが向かっているのか。
噂を聞いた。
誰が話していたのかは分からない。
誰かが話していたのを立ち聞きしたので。
ただ、話している感じからすると二年生か三年生の先輩だと思う。
その噂は、
『校舎のどこかで逢瀬するスポットがあるらしい』
というものだ。
眉唾かもしれない。
ただ、確かめずにはいられない。
だって、そこに未知があるのだから。
中等部のわたしが、高等部の校舎付近をうろうろしているのは、とてつもなく目立つ行為であるので、こそこそと近づく。
まずはわざと遠回りをする。
中等部の校舎を出て、壁沿いを歩いていく。植えられている草木に身を隠すように体を小さくして。
夏の太陽光線をその身に浴びて、汗を拭っても拭ってもどんどん溢れていく。わたしのどこにこんな水分があったのかというぐらいに溢れてきてしまう。
高等部の敷地に入るのだが、わたしはまだ進んでいく。
中等部よりも気合の入った声を聞いて、少しだけ足を止める。
木の影から、校庭を見れば、こちらを見ている人はいないようだ。
誰かに見られているのかとドキドキもするのだが、それはそれで楽しい。
こんな悪戯をするようなことも家にいた時は出来なかった。
テニスコートのフェンスの横を通れば、もうすぐ。
そうして辿り着いた、高等部の校舎。
辿り着いたのはいいのだけど、あれ、足元がおぼつかない。
「あれ……?」
倒れそうになった。
その時、その人がわたしを支えてくれた。
†
「知ってる? 中等部にすっごい可愛い子がいるんだって」
同級生の一人であり、同じ硬式テニス部員の藤堂繭が言った。
彼女は噂話が大好きだ。
私が知らない情報をよく知っている。
「可愛い子なんていっぱいいるじゃないですか」
そう言いながら、私は彼女に球を撃ち返す。
それに答えるように、彼女が力強く打ち返してくる。
「そうじゃないってもう! すっごいの!」
「だから、何がって」
「もうお人形さんかってぐらい」
彼女が知っている噂というぐらいだから、見目がそれほどいいのだろう。
「へぇ、どんな感じで、ですか」
「金髪で青い大きい目で、もう西洋人形がそこにいるんじゃないかって感じで、すごいんだから」
そうなんだと言いかけたところで、金髪の小さな子が繭の後ろを通っているのを目撃してしまったせいで言葉が止まってしまった。
外で部活をしている者には縁の遠い白い肌をしていて、噂の人物のような気がしているのが、どこかで見たこと覚えがある。あるのだろうが、もしかしたら、私の記憶違いかもしれない。そこはちょっとだけ自信がない。
彼女の姿を見てそんなことを考えていたせいで、彼女が打ち返してきた球をしっかりと打ち返すことが出来ずにコートからアウトさせてしまった。
「あれ? どしたん?」
「あ、ごめんなさい、ちょっと――――」
繭に謝ってから、再び彼女がいた位置に視線を向けるのだが、どこかに行ってしまったのか姿は見えなかったが、近くの草木が揺れているのを見えたので、そちらに向かったのだろうと思う。
なんだかその姿はとても気になるところ。
「ちょっとトイレ」
「はいはい、いっといれ」
繭が下らない事を言ってきたのを流して、テニスコートを出ていく。それからトイレに行く振りをして、彼女が消えた茂みの方に向かう。
どこに行ったのかと探そうとしていたのだが、ふらついた彼女がいたので、急いで駆けつける。
「あれ……?」
「危ないっ!」
彼女がふらついたので思わず抱き留めた。
「あなた、大丈夫ですか?」
「……ええ、はい。大丈夫です、ありがとうございます」
彼女はやはり先ほど私が見かけた子だった。
それにしても、こうして間近で見ると、彼女は確かに人形のように思えるのだが、どちらかというと天使のようにも見える。
長い金髪は金糸のように輝き放っているように綺麗で、その大きな瞳の色は空色でなんだか吸い込まれそう。
それにしてもそれ以外でも顔立ちは凄い整っているし、雪のように白い肌はちょっと病的な気がするのだけど、瑞々しい肌はずっと触っていたくなるほど柔らかさがある。眉毛は長いし、小さな口も可愛らしく、これは確かにちょっと噂になる程度には、可愛らしい。
「……あの」
彼女が困ったような笑みを浮かべて、こちらを見てきていた。
「あ、ごめんね。大丈夫?」
ふらついて倒れたのだから、熱中症なのかもしれない。
それになんだか存在が儚く感じる。だからなのかもしれない、ちょっと体が弱そうに見えてしまっている。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、先輩」
「う、うん、それにしても、こんな暑い中だから、熱中症かも知れないから保健室に行った方がいいと思うのだけど……」
私が心配そうにそう伝えると、にっこりと綺麗に微笑んで自分の力で立ち上がった。
「大丈夫です、それにこの先の用事が済んだら、すぐに帰りますから」
それならいいのだろうか。
いや、けど、ちょっと心配だな。
それなら、その用事に同道した方がいいかもしれない。
彼女が倒れても、すぐに対応できるだろう。
ここで別れてさようならして、後は知らないしてもいいのだろうけど、私の性格上、気にしてしまうのだから、最後まで面倒見た方が精神衛生上いいだろう。
「その用事っていうのは、どういうものなの?」
「噂の真相を確かめに行くだけです」
彼女は本当に楽しそうにニッコリとほほ笑んでいた。
綺麗な笑みで、ちょっと見惚れてしまう。
だけど、また噂。
本当にみんな、噂話が好きなんだなと感心と呆れてを混じった吐息を吐く。
「それでどんな噂なの?」
「『校舎のどこかで逢瀬するスポットがあるらしい』というものですっ!」
何だろう。
とてつもなく下らない内容になったように感じる。
ここは女子高、同性で付き合うのはよくあることだし、私の友達でも付き合って子たちはいる。
大っぴらに付き合っていることを明かせない子たちや、それとも学校でやることで燃えるとかそういう子たちもいるかもしれないが、そういう人たちが逢瀬するスポットを確かめるというわけか。
ただの出歯亀なのではないか。
「ま、まぁ、それなら、早く行きましょうか」
「はいっ! あ、わたし、片桐リリーと言います」
そういえば、まだ名乗ってもいなかったか。
すぐに去るつもりだったし、こんなことになるとは思ってなかったのだから、仕方ない。
「私は安居輝理と言います。よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
彼女が差し出してきた手を握り返す。
やはりその笑みは天使のように綺麗だった。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「悪魔のように微笑む天使と踊る」をよろしくお願いします




