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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

ウチのにちゃさがしてます〜あんどれとえりざべすのはじめてのおつかい〜

作者: 山下愁

 右を確認、左を確認。

 よし、誰もいない。



「かーちゃ、いない?」


「いない」



 扉をほんの僅かに開けて、2匹の小さな銀色の狼が右や左を確認する。

 障害となる親の姿はいない。父親は仕事に出かけ、母親は回覧板を持ってどこかに行ってしまった。今なら脱走が可能である。


 小さな狼たちは互いの顔を見合わせて頷き、



「いこ、えりぃ」


「うん」



 小さな狼たちはその身体に合った小さな手縫いの背嚢リュックサックに水筒やお菓子、それから小さく折り畳んだ1枚の画用紙を突っ込むと部屋を飛び出した。



「にちゃさがしのたび!!」


「たびー」



 そう、彼らはお兄ちゃんを探すという崇高な使命があるのだ。



 ☆



 アンドレ・ヴォルスラムとエリザベス・ヴォルスラムは双子の兄妹である。


 幼い頃に家族揃って死んでしまい、冥府で生活することを余儀なくされてしまった。本当は輪廻転生が出来るのだが、父親が冥府の刑場に勤めているのでアンドレとエリザベスも残ることを選んだ訳である。

 そんなヴォルスラム一家には足りないものが存在する。アンドレとエリザベスの兄であり、ヴォルスラム家の長男であるエドワードだ。まだ冥府という世界がどういうものなのか理解していないアンドレとエリザベスは、兄がこの世界にいないのはおかしいと察知したのである。


 父や母は兄の話題を出すたびに悲しそうな顔をするので、アンドレとエリザベスは自力で兄を探すことにしたのだ。気分は迷子の兄を探してあげる心優しい弟と妹である。



「にちゃ、どこだろ?」


「あん、どこさがす?」


「わかんない」



 ぽてぽてと2人で仲良く手を繋ぎ、アンドレとエリザベスは通い慣れた商店街に向かう。


 やはり人探しと言えば住民が多い場所だろう。母親の買い物に何度もついて行き、商店街までは行けるようになった。今日もたくさんの人が冥府で作られる野菜やお肉、お魚などを購入している。

 アンドレとエリザベスが住んでいるのは、冥府で働く従業員にあてがわれた社宅だ。その社宅のすぐ近くには大きな商店街があり、母親の目を盗んで兄を探す際にアンドレとエリザベスが訪れる場所である。



「あら、アンドレちゃんとエリザベスちゃん」


「今日もお兄ちゃんを探しているの?」


「うん!!」


「そうなの」



 顔見知りのおばちゃんたちに呼び止められて、アンドレとエリザベスは「こんにちは」と仲良くご挨拶。知っている人に会ったら挨拶をするようにと母親に言い付けられているのだ。

 だが、やはり彼らも兄の話題を出すと困ったような表情を見せるのだ。ここに兄はいないとアンドレとエリザベスに伝えているようだが、幼い2人にはよく理解できていない。


 アンドレとエリザベスは背負っていた背嚢から折り畳まれた画用紙を取り出して、



「にちゃ、しりませんか!!」


「しりませんか」



 画用紙を広げると、実に抽象的な絵が大きく描かれていた。

 灰色のクレヨンを使って描かれたらしく、ぐるぐると歪な丸だけで構成されたそれはアンドレとエリザベスによる兄の絵である。幼いながらも頑張って描いたのだ。


 顔見知りのおばちゃんたちはどうやって返答するか迷うように視線を彷徨わせる。大人たちはほとんどこんな感じの反応を見せるのだ。誰も兄のことを知っている人はいない。



「ややッ、そこにいるのはアッシュのところのチビたちではないか?」


「んむ?」


「だれぇ?」



 しょんぼりと肩を落とすアンドレとエリザベスの前に現れたのは、黒い髪と黒い瞳を持つ青年である。

 長い黒髪を青いリボンで三つ編みにし、その精悍な顔立ちには似合わない作業着姿で荷物を運搬している最中のようである。腕に抱えた荷物の他に数え切れないほどの箱が彼の周囲を漂っており、アンドレとエリザベスには曲芸のように見えてしまった。


 快活な笑みを見せるその青年を、アンドレとエリザベスは知っている。父の友達だ。



「おるちゃん」


「おるちゃんだ」


「そうだとも、魔法の秀才ことオルトレイ・エイクトベルだとも」



 ちょっとうるさい笑い声を高らかに響かせて、青年――オルトレイ・エイクトベルは「で?」と首を傾げる。



「チビたちは一体何をしている。父ちゃんと母ちゃんに怒られるぞ」


「にちゃさがしのたびしてるの」


「たびなの」


「にちゃ?」



 聞き覚えのない単語にオルトレイは首を傾げるが、



「ああ、確かお前たちには兄がいたか。長男のエドワードだったか?」


「しってるの?」


「しってますか?」


「もちろんだとも!!」



 自信満々に頷くオルトレイに、アンドレとエリザベスは瞳を輝かせた。兄探しの旅も1歩前進である。



「ただなぁ、お前たちのお兄ちゃんは遠い場所にいるんだ。それはもう遠い遠い場所だ。会うのはお勧めしないのだがな」


「あいたい!!」


「たい」



 アンドレとエリザベスはオルトレイの足にしがみつく。


 どれほど遠くに行ったとしても、兄は兄なのだ。アンドレとエリザベスの兄はエドワードただ1人である。

 遠くにいて会いに行けないならこちらから会いに行く。何日もかかるなら何日だってかけてでも会いたい。きっと兄は、ひとりぼっちで泣いているだろうから。


 オルトレイは「ふむ」と頷き、



「では仕方があるまい、そこまでの勇気と根性を見せられるとオレも協力してやりたくなるものよ」



 大胆不敵な笑みを見せたオルトレイは、



「ついてこい、お前たちのお兄ちゃんをよく知る人物の元まで案内してやろう」



 ☆



「――それで、私のところまでやってきた訳か」


「いやぁ、アッシュの奴に嗅ぎつけられんでよかった。子供を誑かした悪い魔法使いになりかねんからな、オレ」



 アンドレとエリザベスがオルトレイに連れられてやってきた場所は、父親のアッシュが働く冥府である。


 ただしアッシュが働いている刑場とは別の場所で、目の前にいたのは草食の少ない神父服を身につけた長身痩躯の美人である。オルトレイに呆れたような視線をやる瞳は夕焼け空のように赤く、艶のある黒髪を伸ばしっぱなしにしている影響で地面に届いてしまっている。

 確か、父親よりも立場が上だが仲が良かった気がする。よくお家に遊びに来てくれて、アンドレとエリザベスとも一緒に遊んでくれたり文字を教えてくれたりするのだ。


 アンドレとエリザベスは首を傾げ、



「きくちゃん、にちゃとおともだち?」


「おともだち?」


「お友達か。多少の語弊はある訳だが」



 長身痩躯の美人――アズマ・キクガは小さく笑うと、



「君たちのお母さんには何か言ってきたのかね?」


「ない」


「にちゃさがしのたびなんていったらまたないちゃうの」


「ふむ、何も言わずに出てきたのは親として感心しない」



 キクガのまとう空気が冷えていき、アンドレとエリザベスは思わずオルトレイの足にしがみついてしまう。

 まずい、このままでは両親に通報されて子供部屋に収容されてしまう。ようやく兄の存在を知っている人物に辿り着けたのに、こんなところで家に連れて帰られるのは嫌だ。


 ぴるぴると泣くのを堪えるアンドレとエリザベスに、キクガは封筒を差し出す。彼は綺麗に微笑み、



「だが、兄に会いたいという君たちの勇気は買おう。この手紙を、ユフィーリア・エイクトベルという女性に届けてほしい」


「ゆふぃ?」


「べる?」



 何とか聞き取れた部分だけ復唱すると、キクガは「長いからユーリお姉さんと呼びなさい」と言ってくれる。幾分か短くなったので呼びやすくなった。



「ただし、この手紙は絶対に開けてはいけない。もし届けている最中に手紙を開けてしまうと、魔法が解けて君たちはお家に帰ることになってしまう」


「やだあ!!」


「あけないよ」


「それでこそアッシュの子供たちだ」



 キクガはアンドレの背嚢に手紙を入れると、



「ではオルト、彼らを冥府転移門まで案内してあげなさい。どうせ暇だろう」


「補佐官様の方が話を聞いてくれるんじゃないのか?」


「私はアッシュとミランダ君の説得だ。きっと2人だけで現世に行かせるのは危ないと言い出すだろうからな」



 キクガは机の上にあった髑髏を引き寄せると、



「そろそろアンドレ君とエリザベス君も自立に向かっていくべき頃合いな訳だが。まずは兄との再会を第一歩としようではないか」



 ☆



「ここが冥府転移門だ」



 オルトレイに連れられてやってきたのは、長い長い階段がどこまでも続く道である。錆びた看板には『冥府転移門はこちら』とあるのだが、幼いアンドレとエリザベスでは読めなかった。

 誰も階段を利用していないのか、先まで続く長い階段に人影はない。アンドレとエリザベスの2人だけでこの階段を進んでいかなければならないのか。


 不安そうに階段を眺めるアンドレとエリザベスに、オルトレイは「案ずるな」と言う。



「お前たちが怖くないように、オレが魔法をかけてやろうではないか。特別だぞ」


「まほ?」


「まほう?」


「そうだとも、オレが開発をした魔法兵器だ」



 そう言ってオルトレイがアンドレとエリザベスに差し出したのは、極彩色に輝く蝶である。ひらひらと綺麗な翅を羽ばたかせ、アンドレとエリザベスの周囲を飛ぶ。

 その動きがとても優雅で、アンドレとエリザベスは思わず視線で追いかけてしまった。新しい玩具を買ってもらった時と同じような興奮具合である。


 オルトレイはアンドレとエリザベスの頭を撫でて、



「この蝶がお前たちをお兄ちゃんのところまで連れて行く。迷う心配はないぞ」


「ありがと、おるちゃん」


「ありがと、ごじゃます」



 アンドレとエリザベスはオルトレイにお礼を言うと、固く手を繋いで階段に足を乗せた。


 その時、階段がひとりでに動き始めたのだ。

 階段を上っていないのに、アンドレとエリザベスはゆっくりと運ばれていく。未知なる階段に2人揃って抱き合って「ぴゃあああ!!」と叫んでしまった。



「おるちゃ、おるちゃああああ」


「かいだッ、うごくのおおお」


「動かなければ自然と地上に行けるから大人しくしているんだぞ」



 オルトレイは遠ざかっていくアンドレとエリザベスを助けることはなく、ただ静かに手を振って見送っていた。



 ☆



 きゃあきゃあと騒がしくしているうちに、階段が途切れて明るい場所に放り出される。


 燦々と降り注ぐ日差しと緑色の大地、頭上を覆うのは青い晴れ空である。雲ひとつない晴天なんて久しぶりに見たかもしれない。

 周囲を見渡すと建物に囲まれた場所にアンドレとエリザベスは放り出されたようで、長椅子や東屋を利用している存在はない。綺麗に整えられた緑色の大地には小さな花が咲き誇り、暖かな風に揺れている。


 アンドレとエリザベスは緑色の大地に座り込むと、



「あん、これかぶんなきゃ」


「そうだった!!」



 エリザベスに指摘され、アンドレは慌てて小さな頭に髑髏のお面を乗せる。同じようにエリザベスもモタモタとした手つきでお面をアタマに乗せていた。

 これは冥府に住むアンドレとエリザベスが、この明るい世界でちゃんと存在できるようにと渡されたものである。地上に外出する際には絶対に必要となる品物で、キクガからお古を貸してもらってきたのだ。これがなければ兄にアンドレとエリザベスを認識してもらえないらしい。


 少し大きめの髑髏どくろのお面が落ちないように手で押さえるアンドレとエリザベスは、



「ひとがいないからきけないね」


「きけない」



 そう、周囲に人がいないので「にちゃ、しりませんか!?」と聞けないのだ。まずは他人の存在を探すところから始まりそうである。


 オルトレイに貰った綺麗な蝶の存在を探すと、緑の大地に座り込むアンドレとエリザベスを心配するようにひらひらと青空を舞っていた。ちゃんと一緒に着いてきてくれたらしい。

 アンドレが極彩色の蝶に手を伸ばして「にちゃ、さがす!!」と言えば、ひらひらと綺麗な翅を羽ばたかせて蝶は建物に向かっていく。兄はこの建物のどこかにいるようだ。


 アンドレとエリザベスが極彩色の蝶を追いかけようとした、その時だ。



「綺麗な蝶々だーッ!!」



 物凄い勢いでアンドレとエリザベスの前を飛んでいた極彩色の蝶が捕獲されてしまう。


 案内役の蝶を捕まえたのは、黒い服を着た少年である。赤茶色の短い髪と琥珀色の双眸が特徴で、服には数え切れないほどの衣嚢が縫い付けられている。

 少年は両手で挟むように蝶を捕まえたからか、せっかくオルトレイに貰った極彩色の蝶が壊れてしまっていた。綺麗な翅は粉々に砕け、もう二度と動くことはないだろう。これでは兄を探しに行けない。


 手のひらで粉々になった蝶を見下ろした少年は、



「死んじゃった!!」


「ハルさん、足元に子供がいるぞ!! いきなり走っていったら危ない!!」


「うわあ!?」



 少年はようやくアンドレとエリザベスの存在に気づいて、驚いたように飛び退く。


 棒立ちで壊れた蝶を見つめていたアンドレとエリザベスは、じわじわと瞳に涙を溜めていく。蝶を壊されたショックと、いきなり目の前に飛び出してきた衝撃で感情が処理できずにいた。

 どうしよう、どうしたらいい。兄を探す手がかりは消えてしまった。貰ったとはいえ、この蝶を作ったオルトレイには申し訳なさでいっぱいになる。


 ぴるぴると涙腺を決壊させる寸前、アンドレとエリザベスに見覚えのある顔立ちの人物が駆け寄ってくる。



「大丈夫か? どこか怪我はないか?」



 艶のある黒い髪と赤色の瞳を持つメイドさんである。手紙を預けてきたキクガと瓜二つの容姿だ。

 アンドレとエリザベスに視線を合わせて膝をついたメイドさんは、あやすように2人の頭へ手を置いて優しく撫でてくる。その優しい手つきにとうとう我慢の限界が訪れた。


 メイドさんに抱きついたアンドレとエリザベスは、



「きくちゃあああああああ」


「ぴいいいいいいいいいい」


「わッ、わッ」



 メイドさんはアンドレとエリザベスを抱きとめると、



「よしよし怖かったな、もう大丈夫だぞ」


「ごめんね!!」


「ハルさんはもっと反省しなさい」


「ごめんなさい!!」



 それからアンドレとエリザベスが泣き止むまで、メイドさんは2人の背中を優しく撫でてあやしてくれた。



 ☆



「ありがと、きくちゃん……」


「ありがと、ごじゃます」


「俺は『きくちゃん』ではないのだが、どういたしまして」



 たっぷり10分ぐらいは泣いたアンドレとエリザベスは、黒髪赤眼のメイドさんにお礼を言う。メイドさんは困ったように笑いながら、アンドレとエリザベスのお礼を受け取った。

 蝶を壊した犯人からも「本当にごめんなさい」と地面に埋まりながら謝られたので、もう気にしないことにした。兄を探す方法ならいくらでもある。


 アンドレとエリザベスは頬の涙を拭うと、



「あのね」


「ああ、どうした?」


「にちゃ、さがしてます」


「ます」



 アンドレとエリザベスは、背負っていた背嚢から折り畳まれた画用紙を取り出す。


 メイドさんは困惑したような表情で画用紙の絵を眺め、それから助けを求めるように「ハルさん」と少年を呼ぶ。少年も一緒になって画用紙の絵を眺めるのだが、不思議そうに首を傾げていた。

 それもそのはず、アンドレもエリザベスの画力で兄を表現するとなれば歪な丸が重ねられたものになる。申し訳程度にちょび髭が生えているのだが、それで人物を探せというのが無理難題なのだ。



「『にちゃ』って誰だろうね!?」


「ええと、子供の言葉だから何かしら省略されていると思うのだが……」



 メイドさんはアンドレとエリザベスに視線をやり、



「俺たちでは力になれそうにない、ごめんなさい」


「ごめんね!!」



 メイドさんは「代わりに」と言い、



「きっとユフィーリアなら探してくれるだろうから、もしよかったら案内しよう」


「ほんと?」


「ほんと?」



 アンドレとエリザベスは「やったね!!」と笑顔になる。ここで思わぬ申し出に光明が見えた。これで兄に会うことが出来る。

 ついでに何かを忘れているような気がしないでもないのだが、アンドレとエリザベスにとって重要なことは兄との再会である。兄に会えるならもう何だっていいのだ。


 ユフィーリアに手紙を届けるというお使いからもはや目的が逸れてしまっているのだが、残念ながらアンドレとエリザベスには気づくことが出来なかった。



 ☆



 メイドさんたちに連れられてアンドレとエリザベスが訪れた場所は、建物の隅っこにある部屋だった。

 部屋の扉には『用務員室』とお手製の札が下がっているだけで、周囲はあまりにも静かだ。簡単に部屋へ入ってはいけないような雰囲気がある。


 メイドさんの足にしがみつくアンドレとエリザベスは、



「ここ……?」


「ここにいるの?」


「ああ」



 メイドさんは何の躊躇いもなく扉を開くと、



「ユフィーリア、少しいいだろうか」


「ユーリ、ただいま!!」


「おう、お前ら。よく帰ってきたな」



 用務員室と銘打たれた部屋には、銀髪碧眼の女性と頭に南瓜を被った女性が談笑している最中だった。何だか異様な関係性にアンドレとエリザベスは少し驚いてしまう。

 特に目を惹くのは銀髪碧眼の女性だ。透き通るような銀の髪と青い瞳、顔立ちはまるで人形のように綺麗である。メイドさんの足にしがみつくアンドレとエリザベスを見やるなり、彼女は優しげに微笑んだ。


 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする銀髪の女の人は、



「よく来たな、お使いご苦労さん」


「あ」


「あ!!」



 そこで、ようやくアンドレとエリザベスはここに来た目的を思い出す。


 キクガに手紙を渡すように頼まれていたのだ。その手紙の相手は『ユフィーリア・エイクトベル』という女性だったか。

 アンドレは背嚢を漁って手紙を取り出す。背嚢の奥底で潰れてしまっており、手紙そのものは全体的にぐしゃぐしゃの状態となってしまっていた。宛先はかろうじて『ユフィーリア・エイクトベル殿』という文字は読めるのだが、これでは怒られてしまいそうである。


 渡すのを躊躇うアンドレだが、銀髪碧眼の女性が煙管を一振りするとひとりでに手紙が彼女の手に飛んでいってしまった。まるで手紙が意思を持ったようである。



「内容は何てあるのかしラ♪」


「事前に連絡は届いてるからな、まあ親父さんのことだし」



 銀髪の女性が封筒から手紙を取り出して、その内容に目を走らせる。それから小さく笑うと、



「アンドレ、それからエリザベス」


「あい!!」


「あい」


「よく手紙を届けてくれた、ありがとう」



 女性はわざわざメイドさんの足にしがみつくアンドレとエリザベスの元まで歩み寄り、2人の頭を優しく撫でてくれる。その手のひらはひんやりと冷たくて、雪国で育った2人には馴染みあるものだった。



「さて、お前らの兄ちゃんは今ちょっと出かけててな。すぐに帰ってくるから大人しく待っていられるか?」


「でかけてるの?」


「どこに?」


「すぐ近くだ。もうすぐで――お」



 女性が顔を上げると同時に、アンドレとエリザベスは嗅いだことのある匂いを察知した。これは間違いなく兄の匂いである。


 弾かれたように振り返ると、ちょうど用務員室に背の高い男性が帰ってきた。その両手には紙袋が抱えられており、間伸びした口調で「ただいまぁ」と言う。聞き覚えのある声よりだいぶ低くなってしまったが、面影はある。

 灰色の短い髪と銀灰色の双眸、迷彩柄の野戦服の下からでも分かる鋼のような肉体美。太い首から下がるのは犬の躾に用いられる口輪で、まるで装飾品感覚で分厚い胸板の前で揺れていた。


 ああ、ようやく会えた。



「アンドレ、エリザベス……?」


「にいちゃああああああ!!」


「にちゃ」



 ようやく兄のエドワードと再会を果たし、アンドレとエリザベスは随分と大きく育ってしまった兄の足にしがみつく。

 荷物を側に置いた兄は泣き喚くアンドレとエリザベスの頭を優しく撫で、それから大きな腕で抱き寄せてくれた。温かく、それでいて心地いい兄の体温にアンドレとエリザベスの涙が止まらない。


 小さな手で兄にしがみつくアンドレとエリザベスは、泣きじゃくりながら叫んだ。



「あいだがっだよおおおおお」


「にちゃ、にいちゃぁ……」


「うん、うん」



 あやすように兄はアンドレとエリザベスの背中を撫でて、



「俺も会いたかったよ。アンドレもエリザベスも、よく来たねぇ」



 幼い弟と妹の再会に釣られたのか、兄の瞳にも涙が浮かんでいた。

《登場人物》


【アンドレ】お兄ちゃんのエドワードが大好きな3歳児。遊んでもらいたくてお兄ちゃんを探し、見事に地上で再会を果たす。活動的で運動が大好き、好きな遊びは雪合戦。

【エリザベス】お兄ちゃんのエドワードが大好きな3歳児。絵本を読んでもらいたくてお兄ちゃんを探し、見事に地上で再会を果たす。大人しくて物静か、年齢の割に落ち着いている。

【オルトレイ】魔法の秀才を名乗る青年。高い魔法の才能を有しており、冥府では処刑方法を開発する部署に勤めている。

【キクガ】冥王第一補佐官。アンドレやエリザベスはよく気にかけており、文字の読み書きなども教えてあげている。子供は何歳でも可愛い。


【ユフィーリア】事前にキクガから「エドワード君の弟と妹がそちらに行ったから丁重にもてなしてあげてくれ」と言われたので情報はあった。エドワードに似てないで可愛いな。

【エドワード】幼い頃に離れ離れになってしまった弟と妹との再会を果たし、感動で涙ぐんでいた。弟と妹は目に入れても痛くないほど可愛がっている。今でも忘れたことはない。

【ハルア】エドワードの弟と妹で驚いた。あとで2人を泣かしたことに対してエドワードから死ぬほど折檻を受けた。

【アイゼルネ】エドワードの弟と妹はちゃんと獣人なので驚いたが可愛い。

【ショウ】エドワードの弟と妹だったので驚いたが、何故か懐かれた。どうやら父親と顔が似ているのが原因らしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! こどもの日特別編、楽しく読ませていただきました!! 今回のお話は泣けました!! 本編で悲しい別れをしたエドワードさんとアンドレ、エリザベスの兄妹が…
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