拾
「翔陽、お前は優しいんだな」
少年は夢の中で懐かしい記憶を見ている。
懐かしい夢、夕焼けの綺麗に見えるあの公園。いつも優しい暖かい声。
こんな優しい“世界”はないと“夢の中”だと分かっていながら夢へ入り浸る。
「そんなこと無いよ、僕は弱いんだよ?“叔父さん”」
「・・・誰がそんなこと言った?」
「お父さん・・・」
「はぁ」
「よく聞け翔陽、お前は弱くなんかない! 優しさは強さの裏返しだ! 俺を見てみろ! 優しいけど強いだろ?」
「・・・うん」
「ガッハッハッ! よし! アイス食いながら帰るぞ!」
そう言いながら少年の頭を撫でる少年の叔父さん。
――――――――――ザザ―――――――――――――――――――――――――――――ザー――――――ザー―――ザーザー
少年はなんか冷たい感覚が全身にあたる、何かが体に当たっていると感じる。
少年は机の上で寝てしまった事を思い出し。変な状況だという事に気づくが、「起きたらまた怒られるのか・・・嫌だなぁ・・・でも起きないともっと怒られるよなぁ」と心の中で思いながら少年は目を開けた。
「・・・え?」
目を開けると少年は見知らぬ裏路地?のようなところに寝そべるような形で寝ていた。少年は寝起きで頭はボーッとしつつも徐々にこのありえない状況を理解し唾を飲み込む。
どこの裏路地なんだろうか、なんでここにいるのだろうかと。
しかし今の少年にとってそんな事どうでもいい・・・そんな事より寒い、とにかく寒い。雨のせいで服が濡れて寒い。
少年はとにかく大きな道に出ないと不味いと思い一目散に裏路地からの脱出を考える。
少年は知らない裏路地を訳も分からず歩く。
なんでこんなことになっているんだろうと考えながら歩く。
色々な可能性が少年の頭の中を駆け巡る。
そんなことを考えていると、右の腕をギュッと掴まれる感覚がある。
こんなところで腕を掴まれるなんて、絶対にろくな事がない。
少年は恐る恐る右を振り返る。
そこには、薄汚れている老人が腕を握っていた。男なのか女なのかもわからない。ハゲちらかった頭、気持ち悪いニヤケ面。ヨダレだらけの口元。
一瞬しか見てないはずなのに鮮明にまるで写真のように少年の頭に残る。
「あ・・・あばはぁ・・・ぴちゃぴちゃ」
少年の顔が分かりやすく青ざめる。寒いからでは無い、何をされるか分からないという恐怖から来る、血の気が引くという感覚。
少年は今出せる力を振り絞り右腕を振り切り、一気に路地を駆け抜ける。
「なんだ・・・ここ・・・」
そこで少年が目にしたのは、西洋のレンガ造りの建物。明らかに少年の住んでいたところでは無い。海外のような街並みだ。
しかも歩いている人達が怖い人ばかり。
チンピラなんて言うレベルじゃない、目付きからして絶対にヤバい人達がそこら中に沢山いる。
こんなところにいたら“殺される“と少年の本能が判断している、しかし身体が言うことを効かない、周りの人が少年を舐めるように見ている。少年は絶対に逃げなきゃいけないのに、身体が思うように動かない。
それでも少しずつ少しずつ、道の端を歩くが5分も経たないうちに少年は座り込んでしまう。
少年はヤバいと分かりつつももう無理だと諦める。雨がこんなにも体温と体力を奪っていくなんて少年は知らなかった。
「ここで死ぬのか・・・こんな寒空の中、誰にも知られずに死んでいくのか、それともここの人たちに殺されるのだろうか・・・」
死に際には色々な考えが頭を巡るらしい、少年の頭の中は今たくさんの疑問と憤怒で埋め尽くされる。
なんで? なんで僕がこんな目にあってるんだ?
なんで? 勉強が出来なかったから?なんで? 顔がムカつくから? なんで? この世に産まれてきてしまったから? なんで? なんで? なんで?
なぁ誰か僕に教えてくれよ・・・どうすれば良かった、どうすれば殴られずに済んだ、どうすれば勉強が上手くいった? どうすればどうすればどうすれば僕は
幸せになれたの?
誰か教えてくれよ
誰か・・・誰か・・・
「おい、そこのお前」
そう考える少年の目の前に1人の女性が膝を屈ませ声をかける。
「お前だよ、お前!」
少年はいきなり顎を掴まれ、顔を無理やり上げさせられる。
そこには血のように染まっている真っ赤な髪の眼帯をした女性が立っていた。
「お前こんなとこで何してんだ?」
赤髪の女性が少年へ質問する。少年は少し考える素振りをするが正直にこう答える。
「・・・・・・分からない」
「あ? わかんない訳ねぇだろ」
「・・・分かんないんです」
「そうか、じゃあお前はなんでここにいる?」
「・・・・・・」
少年は質問の答えを頭の中で探す。なんでここにいるのか、なぜこんな事になっているのか、なんでなんでなんでと頭の中で唱えていると1つの記憶が無意識に蘇る。
『あなたなんか産まなきゃ良かった』
あぁそうか捨てられたのか、とうとう捨てられたのか僕は。と少年は1つの答えにたどり着く。
「・・・捨てられたから?」
「・・・」
少年がそう答えると女性は何かを考えはじめた。
そして少し考えると周りにいた人達に何かを話していた。恐らく少年をどうするかだろう、ろくでも無いことを考えてるに違いないと少年は思うが反抗する元気すらもうない。
「こいつ連れてくぞ! ジャイル! 運んでやれ!」
「はい! エラの姉御!」
そう声が聞こえた時には、少年はもう米俵を持つかのように肩に乗せられていた。
「やめてください!」
そう言いながら少年は必死に抵抗をするが、全く効いていない。大人の肩を叩く子供のような、子供が大人に体当たりをしているかのような光景だ。
ゆっくりと雨に当たりながら運ばれる。
気がついた時には少年はまた意識を手放していた・・・