第4話 デンジャラスな愛嬌
そして翌朝、頬っぺたを伝うネチョネチョッとした感触でグレイは目を覚ました。
最初は雨水かと思った。
屋根にヒビが入っていて、ピンポイントで水滴が落ちてきたのかと。
しかし外は晴れている。
よって自然災害の可能性はゼロだろう。
「うげぇ……まさか、これは……」
付着しているのは大量のヨダレ。
顔をしかめつつ犯人の寝顔を見つめる。
「ししょ〜、ふかふかのケーキが食べたい……」
まだ夢の世界にいるエリシアの体を持ち上げてベッドの真ん中に置いておいた。
「やれやれだぜ」
子供の寝相というのはデンジャラスだ。
歩きまくった日の夜なんかは特に危ない。
「ししょ〜」
「どうした?」
「エリィのビスケット……食べちゃダメ……はむはむ」
「食わねえよ」
グレイは長いため息をつき、窓から首を出した。
右手の魔法で水の玉を生成する。
顔を洗ってから布で拭いておいた。
さらに水の玉を生成して、今度は喉を潤しておく。
火と水の魔法。
低級だろうが、この二種類を習得しておけば、旅はかなり楽になる。
エリシアが目覚めそうな気配はないので、散歩すべく家を出たところ、庭で土いじりしている村長と目が合った。
「おはようございます、オリハルコンの魔剣士様」
籠の中には採れたての野菜が入っている。
朝食の材料として使うのだろう。
「朝から精が出ますね」
「日課ですから。部屋はどうでしたか? 何か不自由しましたか?」
「快適に寝られました。その証拠にエリィはまだ眠っています。パジャマとベッドが気に入ったようです」
「それは良かった」
朝日に向かって目を細めたグレイの視界にはピンク色のお花畑が映っている。
「きれいですね。爽やかな匂いがします」
「ええ、この村の宝です」
グレイは村を一周した。
住人たちが積極的にあいさつしてくる。
経済が潤っている村では住人も明るいものだ。
民家の軒先にピンク色の花を見つけた。
住人に許可をもらってから一輪分けてもらった。
ゴツい男に小さな花。
ミスマッチも甚だしいが、愛弟子を喜ばすためである。
村長の家まで帰ってきたグレイは、エリシアの頬っぺたをツンツンしながら、
「そろそろ起きろ。客人だからっていつまでも寝るな」
ぐ〜たらな弟子を叱っておいた。
「うぅ……もっと寝たい……」
持って帰った花をエリシアの顔に近づける。
すると小さな鼻がピクピクと動いた。
「いい匂い……お腹減ってきた」
「ようやく起きる気になったか?」
「ししょ〜、一階まで運んでいって〜」
「それは無理だ。自分の足で歩けないやつはポリッジを食う資格がない」
「ポリッジ⁉︎」
エリシアがガバッと跳ね起きる。
「エリィ、ポリッジ食べたい!」
「だったら早く着替えろ。それが最低限のマナーだ」
「はいなのです! あ、お花だ! きれい!」
「村の人が分けてくれた」
「やった〜!」
ローブをまとったエリシアを連れて一階へ向かうと、テーブルの上には鮮やかな料理の数々が並んでいた。
特製ポリッジの置かれているところがエリシアの席である。
「ねぇねぇ、あなたって将来魔剣士になるの?」
エリシアと同い年の女の子が問いかける。
「そうだよ。エリィは師匠みたいな魔剣士になるの。夢はミスリルの魔剣士だよ」
「ミスリルの魔剣士⁉︎ すごい! あなたって魔法の才能があるのね」
「うん。エリィって八歳だけれども、たくさん魔法を使えるんだ」
「いいな〜。天才なのね〜」
エリシアの株が急上昇したので、
「練習だと使えるのですが、いざ魔物を前にするとビビってしまい、本来の実力の三割くらいしか発揮できないのがエリィの欠点です」
とグレイが適正な評価に戻しておいた。
エリシアが『ぶぅ〜』と鳴く。
同い年の女の子が笑う。
「それにしても美しい銀髪ですね。宝石みたい」
村長の娘がポケットから櫛を取り出して、食事しているエリシアの後ろからブラッシングしてくれる。
「よく褒められます」
「おい、エリィ、調子に乗るな。そこは『ありがとうございます』だろうが」
「でも、エリィは自分の髪が好きだよ」
村長の娘はエリシアの髪を三つ編みにしてくれた。
アレンジを加えることは滅多にないから、エリシアが大喜びしたのは言うまでもない。
「将来、間違いなく美人さんになるわね」
余計な太鼓判まで押されてしまう。
「ねぇねぇ、師匠、ビジンさんってなぁに?」
「おい、知っていて質問するんじゃない」
コントのような会話が周りの笑いを招く。
グレイは寡黙だ。
元から一匹狼みたいな性格だし、他愛ないおしゃべりは苦手な方。
でもエリシアは真逆。
どこの村へ行っても性格とルックスで人々を惹きつける。
ここまで対照的な師弟も珍しいだろうなと思いつつ、パンとスープを口へ運んだ。
「おかわりをお持ちしましょうか?」
村長が気を利かせてくれたのでスープを一杯もらうことにした。
「エリィはどうする?」
「じゃあ、ポリッジください!」
「好きだな、本当に」
「エリィ、魔剣士になったら毎日ポリッジ食べる!」
「おう、食え食え」
ゆっくり時間をかけて二杯目のポリッジを食べ終えたエリシアは、とろけるような笑顔を浮かべて自分のお腹をポンポンする。
「ぷは〜、おいしかった〜」
武骨なグレイですら、愛くるしいな、と思ってしまう。
牧歌的な村で暮らしている人だと尚更だろう。
「エリィ、こんなお家にずっと住みたいな〜」
しれっと飛び出した人たらし発言がピュアな村長のハートを射抜いたのは言うまでもない。




