第13話 女神エリシアの再臨
「大したものはお出しできませんが……」
控えめな言葉とは裏腹に、テーブルの上には豪華な料理が並んでいた。
木の実を混ぜ込んだパン。
肉をたっぷり加えたスープ。
丸焼きにした鶏肉には香料と岩塩がまぶしてある。
ガラス皿に盛られているのは一口大にカットされた野菜やフルーツたち。
「どうぞ」
紅茶が出てきた。
花びらが一枚浮いている。
甘さを調整するためのハチミツ付き。
王様と勘違いしているのだろうか。
元魔剣士(自称)に振る舞うにしては豪勢すぎる料理を前にして、グレイは目をパチパチさせる。
(こういう時、エリィがいたら無邪気なリアクションで場を笑わせるのにな……)
誰も座っていない隣の席を見つめる。
「私が元魔剣士という証拠を示すことはできませんが……」
「いえ、信じますよ」
今から十年前。
グレイの捜索が行われたらしい。
年齢は三十の手前。
髪色はネイビーアッシュ。
大剣と鎧一式を装備している。
大々的な捜索は一ヶ月くらいで打ち切られた。
せめて遺留品の一つでも見つからないか、その後も地元の住人たちが探し続けたらしい。
「どうして俺のために?」
「あなたはアヴァロンと戦った英雄ですから。せめてもの恩返しのつもりでした。オリハルコンの魔剣士様の活躍で大勢の命が助かりましたから」
結局、グレイの手がかりは発見されず、国から死亡認定が下されたらしい。
「お気持ち、ありがたいです」
グレイは自分の葬儀シーンを想像してみる。
喪主はエリシアだろう。
八歳の女の子が空っぽの棺に白い花を手向ける。
泣きじゃくるエリシアを励ますのは六人の魔剣士たち。
教会から追悼の鐘が響いてくる。
白い花の敷き詰められた道をエリシアに率いられた行列が抜けていく。
人々の涙を誘うシーンだろう。
想像したグレイの目だって熱くなる。
「つかぬことを伺いますが、ルビーの魔剣士レベッカは健在でしょうか?」
「ええ、まだ活躍されております」
一安心したグレイは小さく笑った。
今でもエリシアが魔剣士を目指しているのか。
正直なところ本人に会ってみるまで分からない。
でも後見役のレベッカがいれば選択を間違わないだろう。
グレイは安心してジューシーな肉に食らいつく。
「この十年間で目ぼしいニュースはありましたか?」
「ありますよ。何といってもミスリルの魔剣士様が誕生したことでしょう」
「ッ……⁉︎」
グレイは口の中の小骨を吹きそうになった。
「ミスリルの魔剣士ですか?」
「ええ、前回の誕生から三百年も空きましたから。国中がお祭りのような騒ぎとなりました」
「でしょうね。アヴァロンはどの地方に出たのです? 少なくない被害があったでしょう?」
「都ですよ。奇跡的に一人の死者も出ませんでした」
「そうでしたか……」
自分を完封したアヴァロンが、あっさり討伐されたという事実に、どう反応したらいいのか分からなくなる。
一体、誰だろう。
グレイはかつての同僚の顔を思い出す。
まさかレベッカ?
いや、実力的にはグレイと互角かやや劣る。
急成長した可能性は否定できないが、単身でアヴァロンを葬るのは無理だろう。
う〜ん……他には……。
残り五人についても、三百年に一人の天才と呼ぶのは、いささか過大評価という気がする。
「ちなみにミスリルの魔剣士は男性ですか? 女性ですか?」
「エリシアという名前の女性ですよ」
「ッ……⁉︎」
グレイは盛大に咳き込んでしまった。
「二代続けてエリシアですか……」
「そうです。まさに女神の再臨でしょう」
まさかエリィが……。
十八歳でミスリルの魔剣士になったというのか?
魔法の素質はずば抜けていた。
天才としか表現できないほどに。
しかし、エリシアには弱点がある。
性格が魔剣士向きじゃないのだ。
臆病すぎる。
好戦的じゃない。
血とか暗闇が怖い。
いちいち判断が遅い。
付け加えておくと泥臭い努力が好きじゃない。
さらに付け加えておくと敵にすら温情をかける。
エリシアが魔剣士になった姿を想像しようとして何度も失敗したグレイの眉間にシワが刻まれる。
ありえない、それだけはない。
花を手折るのすら嫌うような少女だぞ。
ないない。
アヴァロンに勝てるはずない。
まだ十八歳なのだから。
「ちなみにミスリルの魔剣士エリシアの評判を聞いたことはありますか?」
「ええ、もちろん」
よっぽど話したいのか、父親は莞爾と笑った。
「とても聡明な女性という噂です。誰よりも努力を惜しまず、いつも冷静に判断を下します。あと人前で話す時は堂々としております」
「ほうほう」
一個も愛弟子エリシアに合致しなかったことにグレイは胸をなで下ろす。
そもそも平凡すぎる名前なのだ。
豊穣の女神エリシアと一緒だから農村部では特に多い。
適当に女性を二十人集めたら一人はエリシアがいると思ってほしい。
よって単なる名前被り。
別人であることに安堵したグレイは食事を再開させる。
「おや、随分と嬉しそうですね」
「ミスリルの魔剣士というのは俺にとって上官のような存在ですから。早く拝謁したいと思いまして。伝説の魔剣士と同じ時代を生きられるなんて、魔剣士冥利に尽きるというやつです」
「それは、それは。都へ行くのが楽しみですね」
「ええ、とっても」
料理に含まれているアルコール成分に酔ったせいか、この夜のグレイは饒舌だった。




