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異世界残酷物語  作者: 七里田発泡
4/8

倒錯

まだギリギリセーフのはず……(多分)

ノクターンノベルズに投稿した後、ミッドナイトノベルズの存在を知るアホな私。

おぉ主よ……私を導きくださいませ。

 どれほど苦痛に苛まれれば許されるのか。皮膚を剥がされてもなおレナードの意識は取り残されたままだった。いっそのこと楽に逝かせて欲しいのに、人間の身体は案外丈夫にできているらしい。


 男は柔和な笑みを携えながら死体たちの四肢を余すことなくレナードの肉体に魔法で溶接していった。じゅくじゅくとした湿り気のある肉の表面が沸騰し、泡立つ。粟立つ肉の表皮を溶かし、少年少女らの四肢と癒着させる。その工程が何度も反復された。最終的に彼の胴体には手足が何本も不規則に取り付けられ、アシンメトリーな意匠の何かが出来上がった。


「これで君は永遠だ……」


 男は感嘆の吐息を洩らす。


「永……遠……」


 地獄のような責め苦が永遠に続くとでも言うのだろうか。どうしてひと思いに殺してくれないのか。もう十分、俺の身体を弄び愉しんだはずだ。これ以上、この男は俺に何を求めるというのか。レナードの身体は既に限界を迎えつつあった。


「そうさ。君はもう永遠だ……だって生命の樹になれたんだからね」


 なるほど確かに、樹木をモチーフにしている言われてみればそう見えなくもなかった。胴回りについている手足は枝木もしくはオーグメントに見立てているのだろう。


 食いちぎられた陰茎の断面からドス黒い色をした肉塊が外気に晒されていた。決して皮膚組織から外へ出てはならないはずのスポンジ状の海綿体があられもなく露出してしまっている。


 レナードは既に生物ではなかった。生物としての「ヒト」の定義から余りにも逸脱し過ぎている。今の彼はヒトというよりも男の手によって制作された絶えず呼吸し、蠢動する有機的オブジェでしかなかった。


「身分の卑しい私のような下賤な者が君に、いや神に触れることなど恐れ多すぎることでございます。おぉ主よ。今、まさに私の目の前に神が降臨なされております。しかしながら主よ。正直に申し上げますと私は神に欲情しております。私は完璧なもの、美しいものを目の当たりにすると破壊し、辱めたくなる性分なのです。こんな時、私はどうすればよろしいのでしょうか。主よ。どうか私をお導きくださいませ」


 そう言うと男は手を組みながらコテージの天井を仰ぎ見た。男は夢の世界の住人だった。現実の世界に彼は生きていない。レナードは彼の妄想に一方的に付き合わされた哀れな被害者の1人に過ぎなかった。どうして自分がこんな目に遭っているのかレナードには分からなかった。どうせ死ぬなら最後にどうして自分が標的にされたのかその理由を知りたいと心の底から願った。


 理由など特になかった。レナードでなくてはならない必然性もなかった。


 暗い夜道を1人で歩くレナードの後ろ姿を見た時、男は主からの啓示を受けた。『彼を美しい作品に仕立ててあげなさい、きっと彼も貴方にそうされることを望んでいますよ』と主は優しげな声色で男に妖しく囁く。狂おしいほどの蠱惑的な誘惑に男は抗うことができない。無論、それは彼の妄想である。犯罪行為を正当化させるために彼は主という架空の存在を生み出したのだ。男は歓喜に打ち震え早速、行動に移し始める。


 足音を消し、背丈ほどある雑草の茂みに身を隠しながら男はレナードの背後に近づいた。


 レナードは恋人との最後の逢瀬を終えた帰り道だった。彼は3日後の朝、首都エクアデスのアカデメイアに通うためにウィンストーン村を発たねばならぬ予定があった。アカデメイアで先進的な建築工学を学び、世界の各地で活躍し自分の名を轟かせ、後世にまで語り継がれる偉大な建築家になりたい。彼の夢は壮大だった。夢を追いかけるためには様々なものを犠牲にしなくてはならない。レナードは新たな世界の門戸を叩くために慣れ親しんだ故郷、家族や友人、そして恋人に別れを告げねばならなかった。


 ――遠距離恋愛はきっと互いが辛くなるだけだ。いっそのこと別れたほうが良い。


 レナードが恋人に別れを切り出した。すると恋人は大粒の涙を瞼からポロポロとこぼし始める。レナードは張り裂けそうなほど胸の内が傷んだ。内側から硝子片の切っ先を鋭く突き立てられているみたいな痛みに苛まれ、息が詰まりそうな程の罪悪感を覚えた。一方的に別れを告げたレナードはまるで彼女から逃れるようにして背を向けるとその場を後にした。


 彼女との思い出を振り払いながらレナードは家路を急いでいた。男からの襲撃に遭遇したのはその矢先のことだったのだ。


 崇高な夢も大切な思い出も、地位も名誉も死んでしまえば何の意味がない。産み出すことに比べると奪うことの何と容易いことか。形あるもの全てに等しくもたらされる『死』そのものについてレナードは思いを馳せ始めた。見る影も無くなった今の自分の姿を彼女が見たらどう思うだろうか。こんな無惨でおぞましい姿になった俺の亡骸を見て、村の皆は果たして俺のことを人間として、レナード・アトキンソンとして認識してくれるのだろうか。悲しんでくれるのだろうか。


「神に私のこの性分を何とかしてもらえばよい……と? なるほど。確かに仰る通りでございます。主よ。お導きくださりありがとうございます」


 小さな声で独り言をぶつぶつと呟き終えた男は、改めてレナードを正面から見据え、全膝をつき、額を地面に擦り付けた。床に広がる血だまりの中に自らの顔を沈め、それを啜り飲みながらも男は澎湃ほうはいと涙を流しながらレナードに嘆願する。


「神よ!!私のこの呪われし性分を、どうかどうか治してくださいませ!!」


 レナードは沈黙を貫いた。否、もう声帯を震わせる余力がないのだ。


「なんだてめぇ。せっかく俺が永遠の美をくれてやったんだぞ。現世にも降ろしてやったってのに褒美も何も無いのか? 神の癖に道理がなってねぇんじゃねぇか。 それともなにか、自分は神だから人の道理に従う必要などない。そう言いてぇのか? あ?」


 剣呑な雰囲気を漂わせながらロープにつり下げられたレナードの眼前に男が近づく。


「神になったからっていい気になってんだろ? 俺のこと見下してんだろ? 何とか言ってみろよ」


「アッ……ウゥっ……」


「下賤な者とは口も聞きたくないってわけか。 もういいや。死ね」


 男の右手がレナードの腹部に押し当てられ本日、何度目かの眩い光が放たれる。液状化しぐずぐずになった腹の中に右手が沈み込んでいく。


「暖かい……この暖かさ。ママの胎内を思い出すよ……」


 レナードは既に息耐え、焦点の定まっていない視線は虚空に投げ出されたままで微動だにしない。


「ママ……ママァ……ボク、ママのお腹の中に戻りたい。あぁママァ。こんなに血が出てるよ……ママ死なないで。ボクを置いていかないで……勝手に死んだら承知しねぇぞ!!」


 男はレナードの内側を執拗に右手でまさぐながら、やや黒ずんだレナードの乳首を吸引し始めた。歯を少し立てて突起を甘噛みし、ねぶりながら内臓を引き摺り出していく。


「何なの……この臭くてヒョロ長いの。こんなにいろいろお腹の中に詰まってたらママの中に入るためのスペースがないじゃんか。邪魔だなぁ……」


 穴の開いた腹部から臓腑が次々とボトリボトリとまろび出てきた。窓から差し込んでくる月明りに映し出された内臓らは寒天やゼリーにも似た光沢を纏っている。大腸がずるずると腹から零れ落ち、木目調の床上で蠕動した。中に詰まっていた未消化物の混ざった液状の糞便が飛び出して、辺り一面は一瞬にして噎せ返るような酷い臭いに包まれた。


「絶体にママの胎内(なか)に戻ってみせる。絶対、絶対、戻るんだ!!ママ……ママァーッ!!」


   物言わなくなったレナードは男の倒錯した性癖を発散させるための、ただの愛玩具に成り果てた。

いったい俺は何を書いてるんだ……

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