装飾品
次回からノクターンの方で書こうかな思います……(怯え)
肉人形には意識があった。彼の理性的あるいは人間的な意識は皮膚と同様に鱗のように剥がれ落ちていた。酷く高低差のある猛烈な痛みは何よりも優先された。生まれた時から備わっていた全ての感覚器官は自分に痛覚をもたらすために存在しているのだと肉人形、レナード・アトキンソンは混濁する意識の中でぼんやりと思った。
「僕が君を必ず美しくしてみせるからね」
自分はいまどんな姿をしているのだろうか。レナードは少し気になった。男の荒い吐息が剥き出しの人体に吹きかけられた。自分の外観へと向いていたはずの意識が途端対岸の彼方へと押しやられた。苦痛がレナードの全てを支配している。レナードはまさしく男に操られるがままの人形と化していた。
「お化粧は済んだから、あとは装飾品だよね。待ってて」
男はレナードから離れ、リビングに転がる死体たちの元へと歩み寄った。四肢が周囲に散らばっている死体たちは関節の外れた球体関節人形のようだった。見るも無残なレナードの姿とは対照的に死体には偏執的な暴行の後は見えなかった。月明りが死体たちの皮膚に落ち、不自然に青白く光っている。彼らの頬は涙で濡れていた。
彼らの手足をかき集めた男は両腕でそれらを大切そうに抱きかかえたまま肩を震わせ嗚咽を漏らし始める。
「痛かっただろうに辛かっただろうに。主はなんて残酷なんだ。こんな幼気な、未来ある少年、少女らが理不尽に命を奪われるようなことが罷り通ってしまうなんて……おぉ主よ。どうして貴方はかように残酷な使命を私に与え給たのですか。私の心は今にも引き裂かれそうでございます。もう耐えられそうにありません。私は今ここで使命を放棄したく思います。使命を放棄した私に罰を!!怒りの鉄槌を!!」
慟哭は静まり返ったコテージによく響いた。大気中に漂う目には見えない微粒子が振動し、レナードの鼓膜をも震わせた。反響した男の声は夜露に溶け込み徐々に消えていった。
「主よ。これは私に課せられた逃れられない試練なのですね。私が天へと旅立つための翼を授かるにはこの試練を乗り越えねばならないのですね……」
大粒の涙を瞳から溢れさせ、男はおいおいと泣いた。ひとしきり泣いた後、男はかつて手足の持ち主だった者たちの顔に視線を見遣り、泣きながら激昂し始めた。
「何で死体が泣いてんだよ!!ふざけんじゃねぇぞクソがッ!!!今、悲しんでいいのは俺だけなんだよ!!俺の悲しみを邪魔すんじゃねぇぞ!!この達磨野郎共が」
男は自分の身近にあった若い少女の顔を何度も踏みつけた。足を上げる度に四肢を失った麗しい少女の表情は醜く変形していった。鼻は潰れて奇妙な方向に折れ曲がり、顔面は陥没し、抜け落ちた歯は床の上にコロリと音を立てて転がった。瞼は腫れあがり、丸くて大きかった彼女の瞳は今では正視に堪えない有様となっている。頭蓋骨が変形したのを見て男はようやく踏みつけるのを止めた。
「ようやく泣き止んだか。このアマが」
そう言うと男は唾を少女の顔に向かって吐き捨てた。彼女の顔は度重なる彼からの暴力で凹んでしまい受け皿のような形状になっていた。従って吐き捨てられた唾はそのまま彼女の潰れた鼻の上に留まる。口の端から垂れ落ちるどろりとした血泡はまるで涎のようだ。
肩で息をしながら両腕に抱えていた手足を持って、男はレナードの近くに歩み寄ると足元付近にそれらを丁寧に並べた。そして先ほど辱めた少女の腕を1つ手に取って、その断面をレナードの脇腹へと押し当てた。
「みんな私と君のために命を投げ出してくれたんだよ。私には絶対に君を美しく仕上げなくてはならないという義務がある。絶対に君を完成させてみせる」
祈りを捧げるように男が静かに目を閉じると眩い光がレナードの脇腹に灯った。