静かな湖畔の森
白い月明かりが湖畔に影を落としている。
アルミサッシの窓を開け、煙草をふかす。コテージから一望できる真夜中の湖を男がしばらく眺めていると、春先のやや生暖かな夜風が吹き込み、そのたびに水面下に沈み込んだ満月は原型を留めきれずに幾度も朧月へと転じていく様が見て取れた。地の底のように真っ暗な空にぽっかり浮かぶ月が青ざめた光を発している。薄明が水面で引き延ばされ、風が凪いだ。湖面に浮かび上がった月が波に砕けて揺らぐ。コテージから程近い場所に位置する湖は空の月を映し出す鏡の役割を担っていた。
一服を終えた男が窓を閉め切り、後ろを振り返る。そこには全身の皮膚が捲れ上がり赤黒い肉人形と化した人体が吊り下げられていた。胸の膨らみがないことや体格の良さ、そして股座に生えているモノから性別は男だと判別できた。しかしこうも人間らしい部分を根こそぎ削ぎ落とされてしまっては人というよりむしろ、肉魂。
屋根の梁に垂らされたロープで肉人形の両手はきつく縛り上げられていた。そして所々、かろうじて残されている肌色の皮膚がかつてそれが人であったことを主張している。
男は肉人形の傍にゆっくりと近づき、その肩に手を乗せた。添えた手を肩から胸そして腰へと蜘蛛のように五指を這わせまさぐった。普段、皮膚の下に隠されている人の肉の部分を直に触っている。その事実は男の欲望をさらに一層、掻き立てることになった。男の鼻息は荒く、酷く興奮していた。
股座に辿り着いた手が剝き出しになった内転筋の筋を摘む。すると肉人形の身体は面白いくらいに大きく跳ねて、腰は揺れた。股座の男根は上下に激しく揺れる。男は恍惚とした表情を浮かべ躊躇なくそれを口に含んだ。男の咥内は目が痛くなるほどの赤色。
――あぁ。愉しい。
木目調の床材には大量の血液が滴り落ち、血だまりができていた。先ほど男が窓を開けて煙草を吸ったにもかかわらず辺り一面、噎せ返るような鉄の錆びた匂いが充満している。匂いを発する原因を排除していないのだから当然のことだった。一時的に心地よい風が吹き込み、多少は匂いを攫ってくれたもののコテージ内は、またすぐに死臭で満される。
リビングにはこれ以外にもあと3体、四肢のばらけた死体が転がっていた。性別の内訳は女が2人、男が1人。3人の胴体や手と足、頭部に肩口がそこいらじゅうに適当に放り出され、切り口が顔を覗かせている。骨まで見事に断ち切られた腕や足の断面は惚れ惚れするほど鮮やかだった。中心を通る白い骨の周りにこびり付いた肉と筋繊維。白と黄が混ざり合った脂肪のコントラストが月の光に映える。まるで色彩豊かで力強く動的に描かれたバロック絵画のようだ。
リビングの壁や床、天井はバケツ一杯の赤い塗料をぶちまけられたように汚らしかった。酸鼻極まる光景。
死者を弄び、蹂躙し尽くすことの何と面白いことか。生きている人間を辱めるのも面白いが、死んだ者の尊厳を踏み潰す行為は男にとって最も愉快なことだった。
血流が途絶え、死者の萎え縮んだものにいくら刺激を与えても、それが大きく怒張することは決してないのだが、男の本当の楽しみはここから始まる。
犬歯を男根に沈ませた。肉の裂け目から滔々と溢れ出る赤い液体を啜った。乾いた喉が潤う。赤黒い液体が咥内を瞬時に満たし脳内で快楽物質が駆け巡る。気づけば男はボクサーパンツの中で精を吐き出していた。
己のモノを激しく扱きたてることなくオルガズムに達した。
そのままの勢いで男根を噛みちぎり。咀嚼した。ゴムのような弾力性のある肉を奥歯で擦り潰した後、喉を鳴らしながら飲みこんだ。