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それでも物見くんは話しかける

作者: ぷちょまろ

――ドンッ


「あっ、ごめんね。痛くなかった?」


ぶつかったら謝って心配をする。


どこにでもあるような風景、ありふれたやり取り。この後は、相手が「こちらこそごめんね。そっちも大丈夫?」と続いて話が終わるのが普通だと思う。


なのに私の高校では、


「    」


相手から返事がないときがある。その代わり、


『またやってるよ』

『気味悪いよね』

『注目を集めたいならもっと他の方法とかあるでしょ』


と怯えや嘲笑、呆れの声があちらこちらから響いてくる。


こんなことを言っている私も、口には出していないだけで、心の中ではまわりの人と同じことを思っていたりする。


でも仕方ないでしょ。

だって、その言葉をかけた物見(ものみ)くんの視線の先には、


「    」


誰もいないのだから。

彼の目の前には、壁しかないのだから。





私と物見くんの学年がこの高校に入学した当初は、彼の奇行を知る人はいなかった。


少し伸びた黒髪に、優しそうだけど近寄りづらい目つきをした彼は、仕立てたばかりの制服とは不釣り合いな、ボロボロな鞄をいつも肩から提げている。


それでも、整った顔つきをしていた彼には、仲良くなろうと話しかけた人もたくさんいた。


ところが、一度でも彼の()()を見てしまってからは、1人、また1人と次第に離れていって、ついには誰かと一緒にいる彼を見かけなくなった。

それからは、


『なんか物の声が聞こえるらしいよ』

『そうやって騒いで構ってほしいんじゃ……?』

『さすがに高校生なんだから、変だってわかるでしょ。普通に振る舞えば良いのに』


『家族も変な人らしいよ』

『なんかの宗教なのかな?』

『えぇ〜知らないうちに呪われたりして。怖っ〜』


『いつも1人で可哀想な気もするけど、一緒にいても……ねぇ?』

『うん…………話合わないかも』


色んな噂が飛び交い、2年生に上がった頃には、近づこうとする人すらいなくなってしまった。


それでも彼は当たり前なように物に話しかけることを辞めなかった。


ロッカーに靴を入れてはお礼を言い、シャーペンを落とせば謝る。自販機とどのジュースを買うか相談し、掃除で机を運ぶときは介護をしているように運ぶことを知らせる。


気味悪がられているのに、彼は気にすることなく、笑ったり、申し訳なさそうな顔になったり、コロコロと表情を変えながら物に話しかけていた。


そのせいで彼は1人だけれども、そのおかげでみんな怖がり、彼はイジメに遭うことはなかった。





「ねぇ雪音〜?次の授業始まるから早く行こうよ〜」

「あっ…ごめんね!次、英語だっけ?行こっか!」


友達の恵梨に声をかけられて、ボーッと眺めていたことに気づいた私は、急いで教室に戻った。


「雪音よくあそこに長居できるね。私、あの空気にいると嫌な気持ちになるんだよね」

「えっ…」


私は恵梨を不快にさせてしまっていたのかな。


遠回しな言い方で、あそこで陰口を叩いている人たちと一緒だと言われたように感じた私は、体温が急に下がっていくのを、ひたすら感じていることしかできなかった。


「――っ!あぁ違うよ!?雪音が嫌いって言ってるんじゃないからね?私も物見くんが変だとは思ってるし。でもそれを言うまでもないよねって言いたかったのよ」

「そう……だね…………うん……ありがとう」

「まぁ私も物見くんを庇おうとはしてないから人のことをアレコレ言えないんだけどね〜」

「…………」


庇えていないことを自覚している恵梨でも悪いと言うなら、『自分が庇う』考えすら思いつかず、ただ怖がっていた私はどうなるんだろう。


「…………もうこの話終わり!!ごめんね?帰りアイス食べていこ?」

「うん!でも珍しいね、恵梨が物見くんの話をするなんて」

「ん?う〜ん確かにそうだね。普段はすぐ気にならなくなるんだけど、今日はなぜか気持ちが晴れないんだよね〜」

「体調悪いんじゃないの?保健室行ったら?」

「いや!そこまでじゃないかな〜〜〜まぁ寝れば明日にはまた調子戻ってるって!」

「そっか。恵梨が大丈夫なら良いけど」


少し心配だったけど、アイスの話で盛り上がっていると、チャイムが鳴り、英語の先生がやってきた。


「Good afternoon everyone」

「「「「「グッドアフタヌーン」」」」」


何人かの男子が楽しそうに挨拶を返している中、私はボソボソと返す。


英語の授業はあまり好きじゃない。


身振り手振りで大袈裟にも思えるような話し方をしている先生を見ると、こっちが恥ずかしくなってくる。


なんであんな話し方ができるんだろう、とか思ってる私はきっと海外で暮らすことはできないと思う。

だからといって別に海外に行きたいと思わないから凹みはしないけど。


「早く授業終わらないかな……」


始まったばかりだけど、この後の放課後が待ち遠しくなる。


恵梨の方を見ると、少し疲れている様子だけれど、いつも通り授業を受けていた。

あまり体調を崩すことはなかったから、余計に気になったのかもしれない。


黒板の方を向き直すと、あまり時間が経っていなかった。


どうして嫌な授業は長く感じてしまうんだろう……恵梨と話しているときはあっという間に時間が過ぎていくのに。


そんなことを考えていると、ふと物見くんのことが思い浮かんだ。

彼の方を見ると、普段の奇行が嘘に思えるくらい、普通に授業を受けていた。


彼はいつも物に話しかけているけれど、時間があっという間に過ぎていくのかな?

それとも、1人で居てばかりだから長く感じているのかな?


もしあっという間に過ぎていくのなら、羨ましいけれど……でも私は陰口を言われたくないから、物見くんみたいになりたいとは思えない。


キーンコーンカーンコーン……


次々と浮かんでくる疑問に思いを巡らせていると、苦手な授業もすぐ終わってくれた。


「雪音〜帰ろっか!」

「うん!…………あれ?」

「ん?どうかした?」

「いつも鞄につけてるお守りはどうしたの?」

「えっ?……あれ?ない!!なんで!?どうしよう……どこかで落としちゃったのかな……」

「いつまであったか覚えてる?」

「ん〜〜〜朝、家出るときはあったと思うんだけど」

「それじゃあ……とりあえず今日使った教室と廊下見に行こうか」

「いやいや!そこまでしなくて良いよ!もうボロボロで紐のとこ千切れてもおかしくなかったし!寿命だよ、寿命。それより早く行こ!!帰るの遅くなっちゃうし」

「ん〜それじゃあせめて今日通ってきた道を歩いていかない?学校の中なら誰かが拾ってくれるかもしれないし、私も気になるからさ」

「……うん、ありがとね」


失くしたお守りは、亡くなった恵梨のおじいちゃんから貰ったものだった。


おじいちゃんが好きだった恵梨は、小学1年生からずっと身につけていて、きっとさっきもすぐに探しに行きたかったんだと思う。


結局、通学路で見つけることはできず、ちょうど宿題を学校に忘れた私は、移動教室を少し探してみようと思いながら、まずは自分の教室に向かった。


ポツリポツリと部活が終わった生徒が帰っていく中、校舎に入った私は、静まり返った教室に物見くんがいるのを見かけた。


また物に話しかけていた。


気まずいと思った私は、あと少しで彼が帰ってくれることを祈って、ドアに隠れて待とうと思った。


今度は何に話しかけているんだろう……。


彼の方を覗いてみると、彼の手には恵梨のお守りが握られていた。


拾ってくれたのかな?


教室に入ろうとすると、


「ーー10年間も長い間、ずっと側で頑張っていたんだね」

「ぇ…………」


なんで10年って知ってるの?


私の声が聞こえた物見くんが、いつもの目つきでこっちを向いた。


「ん?水野さん?」

「…………」


声が出ない。わからないことだらけで何て言って良いか思いつかない。


私の視線がお守りに向いていることに気づいた彼が、


「もしかして、これ水野さんの?教室に落ちていたのをさっき拾ったんだけれど。…………水野さ」

「――な…んで……なんで…『10年』って知ってるの…?」

「……『このお守りに教えてもらった』と言ったら信じてくれる?」

「…………(首を振る)」

「……だよね」


信じられていないのに、へっちゃらとでも言うように、目をくしゃっとさせて笑った。


「拾って……くれたんだよね……?」

「そうだよ、持ち主を見つけたら返すつもりだったし」

「そう……」

「ちょうど持ち主が見つかってよかったよ。はい、返すね」


まだ頭の中はぐるぐるしているけれど、とりあえずお守りを渡してもらえた私は、落ち着くことができた。


「ありがとう。恵梨…友達のもので探していたから助かった」

「恵梨……御幡(みはた)さんのこと?どちらにしても、大事にされていたようだったから渡せて良かったよ。それじゃあ僕は行くね」

「ーーあの!」


物見くんと話をしたのは、なんだかんだ初めてかもしれない。


この機会を逃してしまったら、たぶんまたこれまでと同じように、彼を怖がる生活に戻ってしまうような気がした私は、意を決して聞いてみることにした。


「なんで物に話しかけたりするの?」

「たぶん信じれないと思うんだけど……僕は生まれつき物の言葉が聞こえるんだ」

「……別に学校にいる間は話さなければ良いじゃん。そうすれば陰口も言われないし、友達もできるのに」


まだ信じられないけれど、もし話せたとしても、どうして隠そうとしないんだろう。


「だって、みんな良い奴らだからね。机と椅子は僕たちを文句ひとつ言わず乗せてくれて、そのお守りも御幡さんのことをずっと守ってくれていた。それなのに、彼らを無視するのは僕にはできなかったから」


そう語っている彼の目は、家族を慈しむような、親友に話しかけるような、優しい目をしているように思えた。


それほど優しそうな目をしているのに、私はその温かさを感じることができなかった。


彼の言葉をすんなりと信じられない自分がいて、生きている世界が違うように感じた。


やっぱり彼のことは理解できないのかと諦めかけたとき、


『知りたいか?』

「ぇ…………」


どこかからか、老人の声が聞こえた。


『彼の生きている世界を知りたいか?』


その声は、恵梨のお守りから出ていた。


「……物見くん、音声プレイヤーでもつけた?」


私の質問への答えは、目を見開いて驚いている物見くんの様子が全部物語っていた。


「他の人に聞こえさせることができないと聞いていたけど?」

『そこらへんの小物には無理だろう。だが私なら、残り少しの寿命を使えば、1人に少しの間聞かせるくらいできるだろう。だが娘よ、聞かせる代わりにどうか願いを聞いてほしい。どうか……どうか彼のことを怖がらないでほしい』

「…………それは……わかりません」


嘘をつくこともできたかもしれないけど、もし裏切ってしまったらどうなるかわからなかった私は、正直に言うしかできなかった。


「でも……知りたいです」

『そうか。なら坊主よ、お主はどうだ。嫌ならやめておくが、どうす』

「ーーいや、お願いします。聞こえさせてあげてほしいです。嫌われるのは慣れているからね。水野さんが良いならぜひ知ってほしい」

『……わかった。拾ってくれた礼だ』

「ありがとう」


物見くんが礼を言ったあと、何も変化がないように思えた。


しかしその直後、


『物見、無理はしていないか?』

「大丈夫、ありがとう、机」

『辛かったら言えよ?俺たちは話を聞くしかできないからな』

「いや、いっつも助けられているよ、壁」

『また明日も学校に来てくれるか?消えたりしないか?』

『お兄ちゃんいなくなっちゃうの?』

「あぁ、しないよ。ちゃんと学校に来るさ」

『おいお前ぇら、物見だけじゃなく娘の心配もしろよ。驚いてるじゃねぇか』

『いやいや、急に話しかけられても困るだろ?だからまずは普段のように物見と話している姿を見てもらおうと思ってだな』

『姿も何も、私たちは動かないじゃない』

『確かにそうだった!ガッハッハ、上手いこと言うじゃないか、黒板』


机、壁、筆記用具、黒板、紙、窓、色んな物からポツリポツリと声が聞こえはじめた。


「これ……本当に起こっていることなんだよね……?」

『娘よ、私たちのことは怖がっても構わない。でも物見のことは、彼のことは嫌わないでほしい。彼は私たちの声が聞こえてしまうだけで、他の人とは変わらないんだ』


物の声は、物見くんが暮らしている世界は、とっても温かく、彼の目は晴れた春の日向のように温かく、優しさで溢れていた。


「水野さん、さっきも言ったけど、この物たちは本当に良い奴らなんだ。さっきから僕たちの心配ばっかしてくれている。だから僕は話すのをやめられないんだ。急に聞かされて驚いているよね?やっぱり怖いかい?」

「うん……怖い……怖いけど……物たち?のことは怖くない……ただビックリしてるだけ。見せてくれてありがとうね」


彼に私の気持ちを伝えるにはどうしたら良いんだろう。ただたどしくも、私は言葉を発していった。


「あの…えっとね……今まで怖がっててごめんね……ごめんなさい」

「っ!!」

「こんな私が言うのも失礼なのかもしれないけれど……これからは、もっと物たちの話を聞かせてくれませんか?」

「……ゔん…ゔん、あ゛りがとう……!!」

『良かったな、物見』

『良い友達ができたね』

『坊主』

『お兄ちゃん嬉しい?』

『あんな幸せそうな顔をしたのは初めてじゃないか?』

『これからも私たちとも話しておくれよ』『物見』


それから私たちは話し続けた。私が声を聞くことができたのは、たったの30分だったけれども、彼らは色んな話をしてくれた。


物見くんがロッカーを大切に使っていることや自販機とどのジュースが気分に合っているか話し合ったこと、どの机が重いか選手権dr盛り上がったことなど。


でも、私に聞こえる時間をくれたお守りは、あれっきり声が聞こえなかった。


お礼の言葉は届いたかな?


届いてると良いな…。


「ねぇ、物見くん」


帰り道、私は授業中に浮かんだ疑問をぶつけてみた。


「物見くんは苦手な授業とかある?」

「ん〜体育かな?ボールは『思う存分蹴ってくれ』って言うんだけど、やっぱり気が引けるんだよね」

「あぁ〜なるほど、声が聞こえるからこその悩みだね。体育の時間って長く感じる?あっという間に感じる?」

「えっ?う〜ん、日によるかな?ボールとか使う日だと気をつかって長く感じるけど、ランニングとかだとみんな応援したり話しかけてくれるから、あっという間に感じるかな。急にどうしたの?」

「いや、友達と話してると時間ってあっという間に過ぎるから、授業中でも物と話せる物見くんはいつも時間が短く感じるのかな〜って。でも一緒なんだね」

「え〜っと、期待に応えられなくてごめん?」

「いやいや!一緒だと知れて良かったよ」

「そっか、それなら良かった」

「うん!あっ、私こっちだから。また明日ね!」

「うん!……また明日!」


こうして、恵梨のお守りのおかげで巡り会えた不思議な日は、幕を閉じた。


そして次の日、


「えっ!お守り見つけてくれたの!?ありがとう!雪音」

「ううん、見つけてくれたのは物見くんだよ。あっ!おはよう物見くん!」

「おはよう!」

「あれっ?雪音って物見くんのこと苦手じゃなかったの?」

「昨日、色々話せて仲良くなれたんだ〜。きっと恵梨も仲良くなれるよ」

「そう?とりあえずお礼言いにいかないとね。でもこのお守りどうしようかな?紐ちぎれちゃってるし、新しいの買うしかないかな……」

「それなんだけど、紐だけ新しいの縫い付けてみたらどう?10年間も見守ってくれたものだからさ」

「ん?う…うん、そうしてみよっかな?ねぇ、なんかあった?」

「うん!私、物と話せたの!」

「えっ?物見くんみたいなこと言ってどうしたの?」

「いやいや聞いて!物見くんってすごい良い人なんだよ!」

「えっ?ちょっ、えっ?待って、一回落ち着こう?ちょっ、ちょっと物見くん!?雪音に何したの!?」

「えっ!?いや、あの、僕はーー」

「何かしたんでしょ!?ちゃんと説明して!!もし悪いことでもしたのなら、容赦しないからね!!」

「あはははは!」


その日から、ボロボロな鞄を持った少年の隣には、

新しい紐にぶら下がるボロボロなお守りを鞄から提げた少女と、

ボロボロな紐と新しい紐を編み込んだリストバンドを身につけた少女が並ぶようになりましたとさ。

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